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山梨県歴史文学館 山口素堂とともに

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2020年06月08日
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カテゴリ:甲斐の山資料室

甲斐の山旅・甲州百山 高尾山

 

(こうしゅうたかおざん 一〇九一・九メートル)

 

 

勝沼駅の東に、への宇の反対向きに鎮座する山。東京の高尾山とは大違いの静けさ……

「深沢まで行ってください」

 顔なじみのタクシーの運転手は、山支度で乗りこんだ私たちを見ていぶかしげな顔をする。

「甲州高尾山の登り口まで」

「頂上まで行っちまうじやんけ(いってしまうのではないか)」

「それでは困るの。とにかく登山口まで」

 深沢の谷筋から高尾山の頂上直下を通って大滝山、そして勝沼のわが家に程近い菱山まで林道がぬけて

いることは承知の上で、今日は足で登ろうというのである。登り口をさがして、一寸てまどったが、結局、

分校の脇から登りはじめた。山仲間の松沢節夫さんと泉久恵さんと私。日頃からの気楽なつきあいの延長

で、軽口をたたきながら、いかにも里山といった趣の山道をたどっていく。

 「あツ、胡桃が落てる」と泉さん。

 「小粒だけど、食べられますよ」と松沢さんも、早速、腰をかがめて拾いにかかる。

 やがて朽ちるにまかせた鳥居が包っているのを見つけて、やはりこれが高尾山の参詣の道に間違いない

ことを知った。それにしても東京部下の同名の山にくらべて、この山の何という静寂さ。

 辿りついた神社も、高尾山の額をかかげて、しめなわこそ張ってあるものの、古い小さな社をすっぽり

新建材の建物でおおってある。風情には欠けるが、これも里人の心づくしのご寄進というものであろう。

 神社の裏をしばらく登ると、伐採跡に出て急に視界がひらけた。眼下の高速道路を玩具のような自動車

が流れている。

 「いい眺めだなあ」松沢さんの口から現代っ子らしい感動がもれるのを、すかさず泉さんと私とがまぜっかえす。伐採したあとは、ふんだんな陽光を浴びて、ウルシやクヌギの雑木が思うがまゝに伸びていた。

赤や黄色に彩られた斜面は美しかったが、教化した道なき道で、うっかりするとイバラの茂みに突っこん

で悲鳴をあげることになる。

 車道に出て見下ろすと、葡萄畑のつらなる勝沼の丘陵を経て、甲府盆地のひろがりが続く。さらに南ア

ルプス連峰とも向きあえるはずだが、もう少し大気が冷えてこないと滅多に姿を現してくれない。

 車道の先を五、六分登ると、三角点のある頂上である。木蔭の草むらで昼食をとる。東には、二コブ駱

駝のような滝子山が、はっきり見えた。

 帰りは柏尾山大善寺へのコースをとった。ながい単調な道を、退屈しのぎに茸をさがしながら歩く。と

はいっても、マーケットにある茸類しか知らない人ばかりだから、目についたものを採っては、やみくも

に袋に入れるだけ。いずれ勝沼におりたら、山仲間の古屋学海さん宅へ寄って、選り分けてもらおうとい

う心づもりである。

 大善寺の手前の鳥居焼の場所から下山するつもりだったが、道をとり違えたらしい。勝沼駅近くの葡萄

畑の上に出てしまった。帰りに立ち寄る古屋さんの屋敷は、歩く道々見えていたのに、いまは葡萄棚にさ

えぎられて廻り道を余儀なくされている。何せ、たわわに実った甲州葡萄の畑ばかりなのだ。収穫のすんだ大根畑を突っ切るようなわけにはいかないではないか。それでも溝をわたり、石垣をとびおりたりして

少しでも近道をとって歩いた。

 町で観光葡萄園とワイン醸造業を営む古屋さんは、地元の「からまつ山岳会」のりIダーであり、県ス

キー連盟の役員でもある。シーズンオフには私たちの山歩きにつき合ってくれるが、観光客と新酒の仕込に追われる秋は、それどころではない。

 私たちが到着したときには、ちょうど団体客を送り出して一息いれているところだった。

「この茸、どうでしょう。食べられますか」

「ダメだねえ」

 いとも簡単に答はかえってきた。古屋さんの愛犬デラがやって来て、地面にひろげた茸に鼻を近づけた

が、じきに犬も食わないという顔つきをした。

 「じやあ、この胡桃を土に埋めさせてください。この次きたときに掘り出しますから」

 松沢さんは裏庭へ胡桃を埋めに行った。いずれ皮が腐ったころに掘ろうというのだ。お茶を運んできた

お手伝いさんが「甲州高尾山て、どの山ですか」と聞く。東京のハイカーの間では知られていても、土地

の女子衆には無縁の山らしい。

 「駅の裏の、への字を逆さにした山さ」

 古屋さんの表現は、まさに言い得ていた。傾きかけた日に映えて、まさにへの字を逆さにした山々が重

なりあっていた。その右端の山が、今日登った甲州高尾山であった。

 その後、胡桃を掘り出して食べたという話はきかない。人間だって埋めた場所を忘れるのだなと、利口

なデラが思っているかもしれない。

*大滝・深沢林道を使えば、徒歩一〇分で頂上へ。もはや登山道といってもさだかではなく、伐採跡

でとぎれてしまう。目標に向かって上へ上へと登れば、いったん林道に出るから、迷う心配はない。

 

 〈参考タイム〉

勝沼駅(タクシー一五分)

深沢分校(一時間)神社(四〇分)

大滝・深沢林道(一〇分)

高尾山(一時間二〇分)勝沼駅






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最終更新日  2020年06月08日 18時28分01秒
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