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2020年08月07日
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カテゴリ:柳田国男の部屋

柳田先生を偲びて 金田一京助氏著

 『定本柳田国男集』月報35

 昭和3911月 筑摩書房

 一部加筆 山口素堂資料室

 

私が先生をお慕い申上げた初めは、明治四十年頃のこと、私がその年、樺太へ赴いて、東岸のオチョボッカで、そこのアイヌの、毎日のようにしているエンル、「岬」の意味だったが、バチラー博士のアイヌ語辞典にはこの語が見えない故、北海道アイヌには無い語だろうかといぶかっていた頃のこと、先生は、私より早く、樺太占領直後の三十九年に赴かれてこの語に気付かれ、驚くべことを事もなげに、何かの上に、こうお述べになったのを読んだことだった。

 それは、

『エンルは、北海道でも昔は言ったものだろう。室蘭の岬のエンドモ(絵柄)は即ちエンルの訛りであろうし、今一つ大きく太平洋へ突扁した大岬の襟裳崎も、もとエンルだったにちがいない。そこの郡名の札幌は即ちポロ「大」エンレだったのである。何という活限、何という識見、私は頭が下がったものだった。

こうしたことで先生を陰ながら崇拝しでいる時、先生は同郷人の亀田次郎氏に向かって、

「誰かアイヌ語を研究する学者が、大学あたりに居ないか」

と問われたことがあって亀田氏は当時、東大の国語研究室の助手でよく私を知っていた人だったから、 

「学者も、食わなきぁなりませんからね」 

と、突飛な答をして先生を驚かし、

 「それぁそうだ、大学あたりでよろしく保護して研究を助けなくては」

 そこで亀田氏は、私の名を出して、食うや食わずの刻苦をして居り、ある時、訪れたら、昼飯をしたゝめていたが、何のおかずもなく、塩を振りかけて、から飯をたべて居ました、などお話をしたそう。先生は、目をしばたたいて聞かれて、

「その人に逢って見たい。君からよろしくこの旨を伝えてくれるように」

と頼まれた、をいうことで、私為エンル説に感嘆以来、慕いあげていたものだったかち、二三日後、内閣の記録課へお訪ねしてお目にかかったのが、先生へお近付きになった最初だった。

 心と心との相通、初めてお目にかかりながら、故旧のように親しく融け合って忘れがたい印象。記録課長は、内閣図書課長を兼ねられ、内閣文庫内の秘本の、蝦夷関係の文書を、課員の窪田君に命じて出して見せて下さるなど、こんな幸福がないと思うほど幸福だった。

殊に驚いたのは、どの本をひもといても、赤い不審紙の貼られてない本のなかったこと、それは先生が、そうやってカードを取られた時の目じるしで、実は、先生は、文庫の本を整理されて全部置き替えた上、完全な目録までも作られる目的で、こうやって文庫の本を皆繙かれたものだったというに至って、先生の博覧の源が手に取るように解ったことだった。

 果してそうした文庫の新目録は、何年かの後に、出来上ったのであった。

 江戸幕府から引き継いだこの文庫は、日本に、否、世界に唯一の珍籍だらけだった内に、最も私を喜ばせた本は浩翰な「蝦夷語彙」三巻の発見だった。

著者「上原有次」は、寛政の蝦夷通辞上原熊次郎にまちがい。最上徳内が信頼した松前藩の通辞で、彼が白虹斎の名で序を書いた「蝦夷方言藻汐草」が成った後、終生のアイヌ語知識をまとめ上げた原本そのものだったから、貴重なものだった。

しかも先生は、家へ持ち帰って写してもいいとお許し下さる。暇な頃だったから、持ち帰って、私と家内と家内の姪の林政子(実践卒業)と三人で筆写して製本したのが、凡そこの本の唯一の複本で、私の前に何人もこの書について一言も言っていないし、幕府の書庫内に完全に眠りつづけて居た本だったから驚く。

ロシヤにはドブロトヴォルスキイのAinsko SIovarが在り、英人にはバチラドのナイヌ・イングリシ・ジャパニズ・ディクショナリーがあるのに、日本だけ住むアイヌの辞書が日本になかったら、正に日本の恥辱だったのに、内閣にこの本が在ることによって、初めて、日本の面目も立つ。

余りの嬉しさに、私はその後にこれを引き易い分類アイヌ語辞典に写しかえ、謄写版にして知友に分けるに至ったのは、一人でこの珍味を味わっているに忍びなかったからである。それもこれもみな、ひとえに柳田先生の賜物だったのである。

 






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最終更新日  2020年08月07日 09時43分43秒
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