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2020年09月02日
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カテゴリ:山口素堂資料室

山口素堂の和歌をめぐって(一)

  

 清水茂夫氏著 山口素堂の研究(七)    

昭和三十四年山梨大字学芸学部研究報告第十号

   一部加筆 山口素堂資料室

 

素堂の和歌の師に関しては、「摩詞十五夜」(黒露編素堂五十回忌追善集、明和二年刊)に、黒露が

「和歌は持明院殿の御門人」

といい、同じ書に百庵が

「和歌は清水谷家及び書は持明院家の門葉たり」

と述べていて、どちらが事実を伝えているか審かではない。

 

黒露については素堂と血縁濃き甥であるという。『留守之琴』(筠戸編、黒露の七回忌追河集、安永四年春刊)所収の説と『連俳睦百韻』(三世素堂襲名記念集、安永八年1780刊)所収の寺町百庵の素堂の家僕が山口氏を継ぎ、山口太郎右衛門と称し、その甥が黒露であるという説とがある。

黒露の出生が何れであるにしても、黒露は素堂に親近の人であって、その説く所は正確さを持っていると考えられる。

黒露が生まれたのは没年から逆算すると貞享三年であり、甲府の山口家没落後江戸に出たとすると素堂が葛飾に隠居していた時代であった。

『摩詞十五夜』で素堂についての追憶を述べた黒露は

 

清名をけがす事あまた度なれど、

生涯露ほども腹だち給ふ機をだに不見、

吾舅氏ながら実に温柔和容の翁也し。

 

と記している。

これは素堂に従うことが相当に長かった事を物語っており、黒露のことばが最も信憑性がありはしないかと考える根拠となる。

一方、寺町百庵は素堂の一族ではあったが、元禄八年1695生れ(逆算推定)で、幕府の表坊主を勤め奇行を以て名の聞えた人物で、どれほど素堂に親近していたか疑わしいのである。

ところが「甲斐国志」(松平定能編文化十一年1814成)や「素翁発句白蓮集解説(馬場錦江著、万延元年成)は和歌を清水谷家に受けたとし、百庵説に従っている。

荻野清氏は

彼(素堂)は寛文五六年のころ、大和の三輪神社に詣でてゐる。

京へも勿論その折に上ったと思はれ、

彼が和歌を持明院家に受けたという

摩詞十五夜に載せる黒露の説がもし真を伝へるのであれば、

この上洛の際に学んだのであるかも知れない。

 

と述べている。彼の上京は寛文六年頃以降それに近いものとしては、延宝六・七年で、この折は北村季吟と俳諧を興行しており(『廿会集』、延宝四年1676刊)、つづいて延宝六七年にかけて長崎までの長途旅行をもしている。 

その後の上京もしばしばあったが、持明院家にせよ清水谷家にせよ親密な関係のあった記事は見えない。恐らく荻野氏の説くように、事実とするならば寛文五六年ごろであろう。

それにしても黒露自らの撰集である「摩詞十五夜」において、黒露の持明院門人説百庵の清水谷家門葉説とがあることは矛盾であり、その矛盾を撰者としての黒露が放任しておいたということは、黒露にも明白な認識が無かったことを示すのであろう。

寛文頃166172の堂上歌人として清水谷家は清水谷実業が著名であった。清水谷家の始祖光栄は三条西実教の弟で、別家して清水谷家を立て、二世実業は鳴滝家から入ったが、外祖父三條西実條の血を承け、後水尾院から手爾波伝を受け優れた歌を詠じている。香川景樹の祖先である宣阿などその門弟であったところから見れば、素堂が教を受けたとすると、清水谷家であることの方が自然であろう。

 

 素堂の歌は現在伝えられているものは二十二首にすぎない。

享保六年門人子光編の素堂家集(素堂家集その一とする)には二十二首が収められ、文化・文政頃夏目成美門の久蔵が編集した素堂家集(家集その二という)の和歌の部に十九首が収められている。しかしその十九首は家集その一の二十二首に含まれているので、結局素堂の現存唄数は二十二首ということになる。 

彼の歌は旅行と密接な関係を持っており、元禄八年八月十一日庵を出て甲斐に赴き亡き母の遺志を継いで身延参詣をして九月に帰庵した旅の間に得た俳句・詩・歌を中心に記された甲山記行の中に和歌四首があり、元禄十年夏から秋にかけて上京し芭蕉の塚に詣でたり、鳴滝に茸狩を催したりした頃の作と推定されるもの一首、宝永四年春京都に登った旅行の紀行が、白蓮集解説によれば「東海道記行」であるが、その中に二首、正徳二年上京の途中での詠と思われるもの二首、年月は明らかでないが大和めぐりした折の作三首、天橋立に再遊した折の詠一首で、旅中詠は合計十二首である。

その他は『六玉川』(百丸編元禄十三1700年刊)の

跋に一首、

新春二首、

七夕後朝一首、

八月十五夜一首、

歳暮一首、

隠家二首、計九首である。

 

その歌は素直であり自然であるが、新しさは見えない。技巧的には縁語掛詞が目につくが、煩瑣ではない。

 

素堂の歌論を窺うべきものも少ない。

上野に致仕隠居して初めて素堂の号を用いて書いた「俳枕」(高野幽山.延宝八年1680刊)の序文や「続虚栗」(其角編貞享四年1687刊)の序文によって、辛うじて(その文芸観・俳諧観に結びついた和歌観を理解することができる。今「続虚栗」の序文を引用すると、

  

ある時入来りて今やうの狂句をかたり出でしに、

風雲の物のかたちあるごとく、

水月の又のかげをなすににたり。

あるは上代めきてやすくすなほなるもあれど、

たたけしきをのみいひなして情なきをや

古人いへることあり、景の中に情をふくむと

から歌にていはば、

「穿花蝶深々見、点水蜻蜒々飛」、

これこてふとかげろふは所を得たれとも、

老杜は他の国にありてやすからぬむと也、

まことに景の中に情を含むものかな。

やまとうたかくぞあるべき。

また聞し事有。詩や歌や心の絵なりと。

野渡人船自横、

月おちかゝるあはち島などのたぐひなるべし。

 

とある。

要するにやまと歌は景情融合の表現であるべきを述べ、詩歌は心の絵であると説いているのである。

国語においても極めて自由な考えを持ち、心を表現するのに適切なことばを用いることを目あてとし、当時の堂上歌学の持っていた用語に対する固定観にはとらわれていない。

 

次の歌の前書がそれを証明する。

  若狭長嘯の歌に

世々の人の月はながめしかたみぞと

おもへばぬるる袖哉

といへるうた、なべておもしろうおもへども、

歌よむ人のかたよりは、

此おもへばといふことば、

歌の本体にそむくとていやしむ。

素堂もかくとしればまた是も歌よみは

そしるべけれど、

わがおもふままをいはんとて        

   世をわたる身のほどほどにおもひでの  

花ももみちも夢のうきはし

 

このような和歌観や用語観は実作の上に当然反映している筈であるが、実作は必ずしもそれ程優れているとはいえない。

素堂の句は、清雅・高貴・蒼古・端正・淡泊・静寂を特色としているのであるが、その反面素堂には煮えたぎるような強い深い情熱の奔を感ずることが出来ない。

これは隠者生活に徹し得た素堂の性格に基づくであろう。

短歌的抒情が感情の奔騰に即して成立すると言うならば、俳句的抒情は対象に即して的確端的な認識を前提とする抒情であって、短歌的抒情の否定の上に立った抒情が俳句の独特の抒情と言い得よう。

つまり素堂は俳句的抒情においては清雅・高貴・蒼古等々の作品を作り得たが、短歌においては秀作を残し得なかったのである。二三の例を挙げておく。

 

甲山記行(元禄八年 秋)

かはくなよわけこし跡はむさしのの  

川をやとせるそで白しら露

  十三日のたそかわに甲斐の府中につく

外舅野田氏をあるじとす。

またもみむ秋ももなかの月かげに

のきばの富士の位のひかりを

波木井の村に着きて枕の喫はふもとの坊にやどりし、

元政の老母をともなはれし事をうらやみて

夢にだもほそひゆかばいとせめて

のほりしかひの山とおもはめ

  北のかたへ四里のほりて七面へ詣けるに、

山上の池不払して一点のちりなし。

此の山の神法会の場に美女のかたちにて見え給ふ

  よしかたりけるに

よそほひし山のすがたをうつすなる

池のかがみや神のみこころ

     






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最終更新日  2020年09月02日 12時28分07秒
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