山梨県歴史文学館　山口素堂とともに

藤原定家朗詠集　　　春二十首

春来ぬとけさみよし野のあさぼらけ

昨日はかすむ峯の雪かは

あらたまの年の明くるを待ちけらし

けふたにの戸を出づる鶯

春の色を飛ぶ火の野守尋ぬれど

二葉のわかな雪も消えあへず

もろ人のはないろごろもたちかさね

都ぞしろき春きたりとは

うちわたすをちかた人はこたへねど

匂ぞなのる野邊の梅が枝

梅の花にほひをうつす袖の上に

のきもろ月のかげぞあらそふ

花の香のかすめる月にあくがれて

夢もさだかに見えぬ頃かな

百千鳥こゑやむかしのそれならで

わが身ふり行く春雨のそら

有明の月かげのこる山の端を

そらになしても立つかすみかな

おもひ立つ山のいくへも白雲に

羽うちかはしかへるかりがね

吉野山くもにこゝろのかゝるより

花の頃とはそらにしるしも

いつも見し松の色かははつせ山

さくらにもるゝ春のひとしほ

白雲のは心はかさねてたつた山

をぐらの峯にはなにほふらむ

高砂のまつと都にことづてよ

をのへの桜いまさかりなり

花の色をそれかとぞ思ふ少女子が

袖ふるやまの春のあけぼの

春の織る花のにしきのたてぬきに

乱れてあそぶ空のいとゆふ

おのづからそことも知らぬ月はみつ

暮れなばなけの花を頼みて

さくら花ちりしく春の時しもあれ

かへす山田を恨みてぞ行く

春もをし花をし心べに宿からむ

ゆかりの色のふぢのしたかけ

しのばじよわれふりすてゝ行く

春のなごりやすらふ雨の夕暮