山梨県歴史文学館　山口素堂とともに

藤原定家朗詠集　　夏十五首

脱ぎかへてかたみとまらぬ夏衣

さてしも花のおもかけぞたつ

すがの根や日影も長くなるまゝに

むすぶばかりにしげる夏草

卯花の垣根もたわにおける露

ちらずもあらなむ玉にぬくまで

もろかづら草のゆかりにあらねども

かけてまたるゝ郭公かな

　　あやめふく軒のたちばな風吹けば

昔にならふ今日のそでの香

いかばかりみやまさびしとうらむらむ

里なれはつる郭公かな

時鳥しばしやすらへすが原や

ふしみのさとのむらさめのそら

郭公なにをよすがたのめとて

花たちばなの散りはてぬらむ

誰が袖をはなたちばなにゆづりけむ

宿はいくよと昔(おと)信(づれ)もせで

わがしめし玉江の蘆のよをへては

刈らねど見えぬ五月雨の頃

夏草の露わけ衣ほしもあへす

かりねなからに明くるしのゝめ

片絲をよるよる峯にともす火に

あはずば鹿の身をもかへじを

荻の葉もしのび忍び扉立てゝ

まだき露けきせみのはごろも

夏か秋かとへどしら玉岩ねより

はなれて落つるたきがはの水

今はとて有明のかげの横の戸に

さすがにをしきみなづきの空