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2020年09月06日
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カテゴリ:著名人紹介

枕草子と現代女性


 『雞肋雑記』昭和
63810

 著者  柳町菊次郎氏

 発行者 柳町勝也氏

 一部加筆 山口素堂資料室

 

三巻本枕草子第二十二段は次のような文章である。

 

生ひ先なくまめやかにえせざいはひなど見てゐたらむ人は、

いぶせくあなづらはしく思ひやられて、

なほされぬべからむ人のむすめなどは、

さしまじらはせ、

世のありさまも見せならはさまほしう。

内侍のすけなどにてしばしもあらせばやとこそおぼゆれ。

官仕する人をばあはあはしうわるきこといひ、

思ひたる男などこそいとにくけれ。

げに、そもまたさることぞかし。

かけまくもかしき御前をはじめ奉りて、

上達郎・殿上人・五位・四位はさらにもいはず。

見ぬ人はすくなくこそあらめ。

女房の従者(ずさ)、その里より来る者、

長女(かさめ)御厠人(みかわようど)の従者、たびしかはらといふまで、

いつかはそれを恥ぢ隠れたりし。

殿ばらなどはいとさしもやあらざらむ。

それもある限りはしかさぞあらむ。

それもあるかぎりは、しかぞあらむ。

うへなどいひてかしづきすゑたらむに、

心にくからずおぼえむ。

ことわりなれどことわりなれど

また内裏の内侍のすけなどいひて、

をりをり内裏へまゐり、

祭の使など出でたるも面だたしからずやはある。

さてこもりゐぬるは、まいてめでたし。

受領(ずりょう)の五節出だすをりなど、いとひなび、

いひ知らぬことなど人に問ひ聞きなどはせしかし。

心にくきものなり。

 

これを口語訳すると次の如くになる。

従来の諸注の解とは、大いに異なるところがあるから注意せられたい。

 

将来性も乏しく、地味に、几々たる家庭生活に満足しているような女性は(私からみると)いかにも退屈で阿呆くさくてならないものだから、やっぱりチャンとした家の娘さんなんかは、宮柱で人中にも出させ、世間というものを見させもし慣れさせもしたし、(できることなら)典侍などになってほんの暫くでもいさせてやりたいものだと、こう思われることですよ。

宮仕えする女性を、ガサツで怪しからぬもののように言ったり、思いこんでいる男たちこそ、実に腹の立つことだ。全く私が憤慨するのもまた、当り前なんですよ。

(宮仕する女性なら)口にするのもおそれ多い御上を始めとさせていただいて、公卿、御上人、五位や四位の人はいうまでもなく、顔を合わさぬ人は、ほとんどないことでしょうよ。

(それどころか)女房の供人や女房の実家から来る使いの者、田舎から来ている下仕えの老女や掃除女などの供の者(もっと)人数に入らぬ下賤のものまで(宮仕する女性なら)いつ、そんなものたちと顔を合わせることを恥ずかしがって隠れたりなんかしたでしょうか。

(そりゃあ)殿方なんかは、ほんとに私たちほどにはね、御上とでも誰とでも顔を合わせるということもないでしょうよ。(でも)殿方だって、殿上勤めの間はその通り、私たちと同じことですわね。奥方などといって(お人形みたいに)床の間に飾っておいたような場合に(宮仕えの経験のある女性を)あまり奥ゆかしくは感じないかもしれない。

それももっともだけれど、一面では、内裏の典侍などというわけで時々宮中にお伺いしたり、八十島祭の使に立ったりするのも、(夫にとって)何で名誉でないことがあるものですか。そうした数々の経験を積んだうえで家庭に落ち着いているのは、格別結構なものだ。

 (夫たるのも)受領として五節の舞姫を出す時なんかに、すっかり田舎くさくて、わけのわからぬことを、他人に尋ねまわるような見っともない振舞は(奥方がすっかり宮中のことを公得ているお蔭で)しないことでしょうよ。(そういうのが本当の意味で)奥ゆかしいものです。

 

これ程明確に、女性就職の意義を規定した意見はめずらしい。あれほど宮仕えを不本意なものと考え、常に表面に出ることを避けていた紫式部でさえ、中宮彰子方の上藹女房が、まるでねんねのお嬢さんばかりで、人と応対することをしりごみし、碌な口上も言えず、公用で中宮に申し上げたいことがあって訪ねて来た公卿たちをも失望させて、「中宮方は沈滞し切っている」と世間で評判されるようになったことを残念がっているのである。(紫式部日記)

要するに清少納言の問題にした女性の宮仕えというものは、天皇に直接奉仕する内裏の女房のことであって、さらに拡大解釈しても、上皇や女院に仕える院の女房、中宮や親王、内親王に仕える宮の女房、摂関大臣家に仕える家の女房の範囲内であって、その当時といえども存在した、農山漁村、商工業者の社会に於ける女性労務者のような庶民の世界を含むものではない。

また官僚貴族の社会に於いても采女や雑仕のような下級女官ではなく、すくなくとも女蔵人以上の女房階級、貴族の子女の働き場所としての、高級女官の世界についてのことではあるが、今日の民主的社会に於て教育・職業の自由がすべての女性に認められている時代においては、すくなくとも四年制大学を卒業した女性は、平安朝に於ける貴族の子女と同等に考えてもよく、その職業意識を論じるのに、清少納言の女性宮仕え論を、ひき合いに出すことは、強ち不当ではないと思われる。

そういう点ていえば、いたずらに、無責任なカッコよさにあこがれる現代女性よりはもちろん、結婚前の自由満喫的腰掛主義の現代女性よりも、また、夫と死別後の生活力を身につけておきたいという社会保障型の女性よりも、一層、徹底した職業観を清少納言は把握していたようである。

すなわち、勤務する官庁のセクトの(さい)に縛られている男子の宮人よりも、宮廷に二十四時間の生活を持つ女房の方が、官僚社会のあらゆる階層のものと接触することによって、より幅広く、奥行きのある人間的成長をなしとげ得るものであって、男子の宮人も蔵人職として宮廷内に生活する時にのみ、女房と同等の経験を積み得るであろうと、その点に於ける女性上位の職業論を、堂々と展開しているのである。多くの男性が、自分の思うままの色に染め得る、無知初心の女性を妻として欲していることを、一応感覚的には認めながら、それでも内裏の典侍にまで昇進して、宮廷生活の裏表を知りつくした女性を妻とした場合の真の奥床しさというものを、男性に教えようとしているのである。

 

大学を出て、一応就職することを当然のように観念づけられている現代女性といえども、その職業体験が、単なる婚前の自由享受や結婚費用の蓄積、夫に対する経済的発言権の確保死別もしくは離婚後の生活保障といった低次元のものではなく、真の人間的完成を目ざして豊富な経験を積むためのものであることを認識している人は少ないであろうし、まして、男性に対する女性の真の魅力が、いわれなき羞恥心や未経験の無知に根ざす生理学的なものでなく、男性との間に、相互信頼の関係を確立し得るような人間的魅力、即ち実力のある奥床しさにあるということを認識して、それを職業体験の最終目標として、しっかり把握しているのは、案外にすくないのではあるまいか。清少納言の職業観は、その点に於いて、今日の個

人主義の時代に於いても、十分指導理念となし得るものであるといえよう。






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最終更新日  2020年09月06日 09時56分52秒
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