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光琳の『伊勢物語』
征川種郎氏著 一部加筆 山口素堂資料室
『源氏』と『伊勢』とは、我が芸術に幾多の題材を供給している。絵画に、髹漆に,五十四帖と昔男とは、描写せられて、平安朝の優婉なる情調は美しく、静かに、なよなよと織り出されている。まことに倭繪の好題目であり又調度品の韻致ある好みであった。 古来『伊勢物語』の繪には、水野家本二巻と、世尊寺行尹の詞書と云へる三巻と、住吉如慶筆の二巻、如慶、具慶筆の色紙形などあるが、其の最も優れたものは、福岡子爵家蔵の『伊勢物語残缺』である。 尾形(後に小形)光琳の結構奇抜にして、手法大膽に、賦彩鮮麗にして落筆瀟なる、不調和の裡に調和を求め、法に離れて法に合ふ天稟の画才と透徹せる頭脳とは、古土佐の画風に新様の工夫を凝らして、新装飾を大成した。一たび彼の筆に上りては、あらゆる題材は、新しい生命を受けて、物皆活動し、然かもまた古意を失はなかった。 『伊勢物語』の如きも屡々彼の畫く所となりて、前人未発の境を拓き、清新なる圖様を出している。やゝ もすれば卑猥に墮一し易い此圖の如きも、彼の彩筆に描き出されては、逸宕にして卓犖、軽妙にして、しかも浮薄ならず、風韻掬すべく、優麗典雅の態がある。 必ずしも物の大小遠近などに意を囚はれていない。彼は彼の心の往くまゝに、極めて放朧に、極めて磊落に、之を得意の装飾風に取計らっている。矛盾があるようで、矛盾でなく、怪奇のようで、怪奇でない。敢て異を立てるにあらず、敢て衒うのはでなく、悠揚として嬉春の天地に逍遥している。甘い戀のさゝやきは、丈なす草叢の間から聞え、燃ゆる皆の炎は糸遊のように立舞って、二人の外に人なく世なく、天地もないようではないか。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2020年09月07日 21時53分38秒
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