山梨県歴史文学館　山口素堂とともに

阿波随波　仙台領の紀伊国屋文左衛門

阿部随波(あべずいは)。

仙台藩士にて富豪。諱は重貞、通称小平治、老後に随波と号した。

阿部氏は藤原姓、戦国大名葛西氏家臣阿部小次郎重綱をもって祖とする。

天正十八年（1590）、葛西京が没落し、家臣は各地に沈倫する。

阿部重綱もまた西磐井郡赤荻村（一関市）に帰農、

その曾孫が九左衛門重直である。

随波小平治は、その九左衛門の養子であった。

　当時、九左衛門は同郡山ノ目（一関市）に住み、

漆器を商いとする者であった。

某日、九左衛門は倒の山形某家を訪れる。

その家にはオランダ渡りの陶器十枚が秘蔵されていて、

たまたま召使いの子供がその時一枚をこわしてしまった。

某は大いに怒り、折檻を加えたところ、

その子は

「このような品かおるため、

後世の者がかかる責苦を受けることになる」

といい、九枚を続けて打ちこわした。

九左衛門はその胆力に驚き、貰い受けて自分の養子とする。

それが後の随波である。

　随波十七歳の時、

養父九左衛門から三十両を与えられ、

さっそく木材を購入して、

北上川の水路を利用して石巻に輸送し、

江戸に大火があると聞くと、

海路江戸に送るなどして、

一挙に数万両の巨利を得た。

一方、盛んに鉱業を営み、

四、五百人の人夫を使い、

その家屋は数回にわたって建てられた。

鉱業とは、いわゆる製鉄、

あるいは鉄製品の鋳造と思われ、

今でも山ノ目町には、

「川合」の地名がのこり、

そこが銀塊を熔かした所だという。

　◆藩庁のドル箱

随波が仙台藩に献金した額は、

前後合わせて実に三十万両に及ぶ。

時に明暦から寛文にかけ、

藩財政が逼迫に向かう最中にあって、

随波の献金はまさに干天に慈雨のごとき

ありさまであったに違いなかった。

一方において、

巨資を投じて土功水利をおこし、

あるいは同地中里村に

竜沢寺を創建して高僧を招き、

徳を遠近に布いた。

元禄十二年（一六九九）、

嫡子重頼の代には大番士に抜擢され、

三百石の禄を賜っている。

随波は元禄四年六月二十三日に没した。

法名覚海院月照随波居士、竜沢寺に葬る。

随波の嫡男小平治重頼も富豪として知られ、

父と同じ採鉱を業とし巨万の利を得、

四代藩主伊達綱村の代に千両を、

宝永七年（一七一〇）、五代吉村の代には

一万五千両を藩に献金した。

また品井沼

（志田・宮城・黒川の三郡にまたがる大沼。

北は志田郡鹿島台町、

南は宮城郡松島町、

西は黒川郡大郷町の丘陵に囲まれる）

の干拓には、使役十万人を出して

後援するなど大功があった。

　随波の番頭（手代）に山本本(ほん)水(すい)という者がいた。

若くして奇知に富み、才略人にすぐれ、

随波のために万事を計画し、

その正確なること万に一つのはずれがなかった。

随波の有能な頭脳であった。

本水は随波の子孫の凡庸なることを憂い、

江戸駿河合町に広大なる房屋(ぼうや)を建て、

房金は月に千両を収め、

もって阿部氏子孫のために百年の計を成した。

本水もまた、番外士（下級平生）に列せられている。

　　　（紫桃正隆）