2298248 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

山梨県歴史文学館 山口素堂とともに

山梨県歴史文学館 山口素堂とともに

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
2020年09月17日
XML

天智天皇(万葉集)

渡津(わたつ)()豊旗(とよはた)(くも)に入日さし

今夜の月夜(つくよ)清明(あきら)けくこそ

 

 『文芸春秋』デラックス

「万葉から幕末まで 日本名家の旅」

一部加筆 山梨歴史文学館

 

中大兄(なかのおおえ)で出ている。のちの天智天皇

この時は斉明天皇の皇太子であった。歌は、三山歌の反歌として伝えられている。

 

香具山は 

畝傍(うねび)を

愛(を)しときたちて

耳梨(みみなし)と相争ひき 

神代(かみよ)より 

斯くにあるらし

古(いにしえも)も然なれこそ 

現身(うつせみ)も 

嬬(つま)を争ふらしき

 

   反歌

  

香具山と耳梨山と会ひしとき立ちて

   見に来し印南国原(いなみくにはら)

 

この次に置かれている反歌の二であるが、左註に「今案ずるに反歌に似ず」とあるから、万葉編集当時、三山の歌とすることに疑問が持たれていたのだろう。

しかし反歌の一は「立ちて見に来し印南国原」である。反歌でないとしても、「渡洋海の豊旗雲」である。印南野の海岸あたりでの作と受けとってもさしつかえない。

 

海の上の旗のような雲に赤々と入日がさしている。

この具合だと今夜の月はきっと明るく照ることだろう。

 

というほどの意である。この歌の結句は原文「清明己曾」であった。

いろいろの訓みがあるが「あきらけくこそ」がよいと思っている。「こそ」は願望を意味するから「あきらかであってほしい」という解もあるが、「あらめ」を略したという説に私は賛成している。

 すばらしい歌で、万葉集中に多く比を見ない。荘厳であり壮大である。 (前川)

 






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2020年09月17日 14時41分51秒
コメント(0) | コメントを書く
[歴史 文化 古史料 著名人] カテゴリの最新記事


PR

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

山口素堂

山口素堂

カレンダー

楽天カード

お気に入りブログ

9/28(土)メンテナ… 楽天ブログスタッフさん

コメント新着

 三条実美氏の画像について@ Re:古写真 三条実美 中岡慎太郎(04/21) はじめまして。 突然の連絡失礼いたします…
 北巨摩郡に歴史に残されていない幕府拝領領地だった寺跡があるようです@ Re:山梨県郷土史年表 慶応三年(1867)(12/27) 最近旧熱美村の石碑に市誌に残さず石碑を…
 芳賀啓@ Re:芭蕉庵と江戸の町 鈴木理生氏著(12/11) 鈴木理生氏が書いたものは大方読んできま…
 ガーゴイル@ どこのドイツ あけぼの見たし青田原は黒水の青田原であ…
 多田裕計@ Re:柴又帝釈天(09/26) 多田裕計 貝本宣広

フリーページ

ニューストピックス


© Rakuten Group, Inc.
X