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2020年12月23日
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天保7年(
1836)甲州天保一揆(三郡打ちこわし)

 

(前文略)

 

天保七年(1836)になると、郡内領の農民は飢渇のうえに疫病が流行し、餓死者は数知れずといわれた。領民の支配役所への救済願いがあいついで出されていたが、代官はまったく適切な処置を怠った。

しかも、国中地方の米穀商人の買い占めに対する農民の不満がその極に達していた。

治左衛門と泰順らは、国中の東郡随一の豪商といわれた熊野堂村(現、春日居町)の奥右衛門へ米穀の借り入れなど掛け合いに赴いたが、彼はまったく取り合わなかったという。

八月一四日、石和代官の出張陣屋が置かれていた谷村(現、都留市)で、八軒の米穀商が周辺農民によって打ちこわされた。これが、白野宿に蜂起する一揆の起爆剤となったことは間違いなかろう。

 

一揆勢の甲府乱入

 

一揆が行動を開始したのは八月二〇日であった。

郡内領で街道筋の宿村の富農層から米の押し借りが始まったが、まだ打ちこわしにまでは発展しない。

翌二一日明け方、笹子峠を越えると、駒飼を手はじめに打ちこわしが本格化する。鶴瀬の口留番所を破り、西進する一揆勢は二〇〇〇人余、斧・鋸・鳶口・竹槍などで武装し、幟旗を立て、鐘・太鼓を鳴らし、

鬨(とき)の声をあげて乱入したというが、この辺から初鹿野(現、大和村)百姓をはじめとする国中地方の農民の参加がみられるようになる。

 

郡内勢は村々の富農を打ちこわし、あるいは饗応させながら進撃する。そして、二二日には目指す熊野堂村の奥右衛門家を徹底的に打ちこわし、彼らのほとんどはここから引き揚げたのであった。

 

騒動後、「召捕られ候人数およそ五六百人」というが、これは一揆参加者のごく一部である。

打ちこわされた西野村幸蔵の書上 西野村(現、白根町)の豪農、手塚幸蔵が市川代宿所へ差し出した打ちこわされた品々の取調書。油屋を営んでいたことから、居家のほか、土蔵にあった油をはじめ、その原料や油粕などと被害が大きかった。同家は8月24日昼ごろ襲撃されたという。現在確認される処罰者五五二人中、谷村打ちこわしの者を除き、郡内領内の連累者は二三カ村の六四名にすぎなかったことは、二二日の奥右衛門家襲撃を境として、一揆の主体勢力が入れ替わったことを意味する。この辺から、国中地方の貧農・小作層や、右の処罰者では一一四名を数える無宿悪党が大量合同となり、一揆は拡大と激化の方向をとる。新しい局面の展開である。

 

甲府町年寄の「御用日記」に一揆のことが初めて載ったのは、その二二日であった。五ツ半時ごろ(午前九時ごろ)甲府勤番支配役所から呼び出された町年寄坂田与一郎は、一揆が昨夜半から東郡の所々で打ちこわし乱暴におよんで、城下へも押し寄せる様子であるので、その取り鎮め方について、石和と甲府の

両代官から掛け合いがあったこと、ただちに城下東方の町境の固め(守備)のために、惣門台へ両勤番支配役所の用人や与力・同心を遣わし、町方からも人足を差し出すよう申し渡されたということである。

そこで町年寄はさっそく、町中の名主を呼んで、男のうち三分の一の人数に鳶口や六尺棒を持参させ、惣門台へ詰めるよう言い渡すのであった。

 

ところが翌二三日昼前、およそ四〇〇~五〇〇人ほどの徒党が惣門台を押し破って城下へ乱入、上一条町の穀仲買を打ちこわしたのをはじめとして、山田町・魚町・三日町・柳町・緑町・西青沼町の富商一三軒を打ちこわした。

 ここで甲府の町方住民の動きをみよう。

 まず打ちこわしをまぬがれるために、一揆勢に焚き出しを行って饗応し、のちに処罰された一九軒の富商があった。

次に一般住民の場合、勤番支配役所から派遣された同心の統率下に、町方防衛のため人足として徴発された者もいるが、ほとんどは傍観、あるいは狼狽に終始し、一揆勢によって強要された少数者が打ちこわしに参加したものの、それは彼らの自衛のための協調的行為にすぎなかったといえる。

(以下略)






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最終更新日  2020年12月23日 06時36分22秒
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