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2020年12月30日
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白州町【明治神宮に神宮川の玉砂利奉納】

 駒ヶ岳山塊より流れ出す神宮川は、その主体を構成する花崗の砂利を川床いっぱいに堆積して白砂の川となって、緑なす両岸の林の間を縫って流れ下る。両岸附近は古くから白須の松原としてその自砂青松の景を誇った所である。松茸の産地としてもその名をとどろかした場所でもあったが、戦時中の伐採によって松林はその美しい姿を失ってしまった。
この神官川の玉砂利は古くから明治神官に献納されて本殿の庭に敷かれ、荘重な神官造営の一端を担っている。明治神官の記録に次のように記されている。
「大正九年十一月、内院(本殿)造営のため山梨県北巨摩郡菅原村濁川(今の神官川)産玉砂利四吹献納。」
「昭和二年四月十一日 菅原青年団長名取武三郎氏外四名により玉砂利を献納。」
爾来昭和十九年まで毎年つづけられた。戦争のため昭和二十年より昭和三十一年まで中断したが、昭和三十二年神官復興のため再開され今日にいたっている。そのとき神官よりの文書は次のようであった。
「先般御打合せ頂きました玉石、玉砂利の件につきましては公私御多用中の処洵に恐縮ではありますが、神官創立以米の御縁故により是非共万事都合よく進捗する様何卒格段の御懇配御願い申上げます。末筆ですが関係各位によろしく御伝への程願い上げます   敬具 昭和三十二年十月十九日 明治神官   福島信義
 白州町 古屋五郎殿
毎年白州中学校生徒の奉仕によって、夏休みを利用して神宮川に出て、 一つ一つ真心をもって拾い集めた玉石や砂利が明治神官の神苑に敷きつめられたのである。
昭和四十三年十一月一日発行の明治神官崇敬会々報に次のように掲載されている。
「山梨県北巨摩郡白州町の白州中学校では、明治神官御鎮座以来続いている伝統の自玉砂利採取献納行事を地元青年団より受け継いで本年も夏休み中に、同町松原の濁川で全校あげて暑さにもめげず一つ一つ心を込めて採取作業の奉仕を行なったが、十月十四日同町役場の山田助役、小林総務課長をはじめ堀内校長以下男子先生全員が上京し、神宮拝殿内の斉庭で自玉砂利敷替え作業を奉仕した」。






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最終更新日  2020年12月30日 02時18分06秒
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