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2021年01月13日
カテゴリ：歴史 文化 古史料 著名人
惟任（これとう 明智光秀）日記 明智光秀VS羽柴秀吉 山崎の戦い
『歴史読本』臨時増刊号 81－３ 特集 戦国武将運命の一戦
◆ 五月二十八日 心願ノコトアリテ愛宕山ニ参籠、 連歌ノ興行ヲ起ス。集マル者、 紹巴（ｼｮｳﾜ）、弟子昌叱（ｼｮｳｼﾂ）、 西ノ坊僧行祐（ｷﾞｮｳﾕｳ）、心前（ｼﾝｾﾞﾝ）、息、光慶（ﾐﾂﾖｼ）等。 前夜三度マテ神籤（ﾐｸﾗ）ヲ引クモ三度マテ凶ニテ、 四度目ニ甫（ﾊｼﾞﾒ）テ吉卜出ルモ心願覚束無シ。 然レトモ初志ハ変ラス、右府様（信長）討ツベシ。 気運思ハス発句ニ顕ル。
◆ 六月二十九日 未明亀山ニ帰ル。 唐土ノ恰度シヲ革命ト言フ由。 「天コレヲ革（ｱﾗﾀ）ムル」ノ意ナリ。 吾モマタ爰ニ信長主ヲ課徴セントス。 世ヲ革ムルハ天ノ命ナリ、 吾カ恣意ニアラス。 出来小荷駄百荷中国路ニ送ル、 コレ敵ヲ欺ク策ナリ。 吾カ決意変ラス。 出来得ヘクンハ細川父子ノ同心事前ニ知リタシ。 折シモ玉丹後ヨリ来リテ趣ヲ述ヘルモ不同意ナリ。 黙止難ク再度玉ニ沼田友光ヲ相添へ丹後ニ返ス。 事成レハ丹後ノ他ニ摂津一国ヲ与フヘシト。 斯クナル上ハ一日モ早ク信長討ツヘシ。
花落つる流れの末をせきとめて
「花」トハ信長ノ首ト極マリタリ。 「せきとめて」トハ中国路ノ秀吉、越前ノ勝家、関山ノ長可（ﾅｶﾞﾖｼ）、 関東ノー益（ｶｽﾞﾏｽ）。 只、丹羽長秀ノミ信孝ト四国征旅ノタメ大坂ニアルモ、 コレハ信澄ニ蹴捺（ｹﾅ）ラセン。 伊勢ニ信雄（ﾉﾌﾞｶﾂ）アレトコレハ万緒疎（ｵﾛｶｼｲ）潤ナニゴトカアラン。 剛弼（ｼﾀﾀｶ）ノ家康ハイマ堺ニ遊ヒテ手兵ナシ。 コレラヲセキトメテ、今コソ「あめが下知る」好機ナラスヤ。 待ツハ左馬助ノミ。
五月三十日 出陣準備。玉、宮津ニ帰ル。毛利ヘノ檄文ヲ案ス。 急度、飛檄ヲ以テ言上セシメ候。 今度、羽柴筑前守秀吉コト、 備中国ニ於テ乱妨ヲ企ツル條、 将軍御旗ヲ出タサレ、 三家御対陣ノヨシ、 誠ニ御忠烈ノ至リ、 長ク末世二伝フヘク候。 然ラハ、光秀コト、近年、信長ニ對シ、 懇情ヲ抱キ、遺恨黙止難ク候。 今月□日本能寺ニ於テ信長父子ヲ抹殺シ、 素懐ヲ達シ候。 且ハ将軍御本意ヲ遂ケラルルノ條、 生前ノ大慶之ニ過ルヘカラス候。 コノ旨ヨロ敷ク御披露ニアツカルヘキモノ也。
六日□日 惟任日向守光秀 小早川左衛門佐殿
六月一日 総勢一万三千、日没ヲ待ツテ出陣。 天ノ理ハ吾ニアリ焉ソ恐レルトコロヤアラン。 出陣半刻前ニ至リ、 斎藤内蔵助ヲ呼ヒテ本心ヲ明カスモ内蔵助不惑、 色代ノ後、重臣四人ニ告ク。 明智次郎右衛門、藤田伝五、斎藤利三、流星庄兵衛、 コレニ左馬助ヲ加へ五人面已。 左馬助日夕「惟任主ノ心中石碑知レリ、 コノ七八前進アルノミ、 古来戦国ノ武士ニトリテ、 圭平生アルヲシラス、 石碑モトョリ織田言長ノ臣ニアラス、 惟任光秀生ノ家来ナリ」ト。 而シ末タ兵ニハ告ケス。 若干ノ不安アレハナリ。 正義ハ負ニアラス、 負二勝ツコトニ依リテ正接成ルナリ。 爰ニ漸ク兵ニ告ク、 「石カ敵八本能寺ニアリ、全軍克クカメョ」
六月二日 勝敗ハ未明土決シタ。本能寺ハ炎上シ、信長生ハ火中ニ自ラ果テ、ムナシクナツタ。 城介コト三位中将信忠卿モ二十五歳ノ生涯ヲ畢ツタ。 二築城ニ在ツタ手兵五百許リト三位中将ハヨク戦ツタ。 父信長トハ違ツタ生涯ヲ生キタカモシレヌト思エバ感慨無量ナリ。 辰ノ刻ニ兵ヲ収メル。 取リシ首一千余級ナリ。 コノトキ本能寺炎上ノ火柱ノ中ニ亡母ノ姿ヲ見ルハ奇怪ナリ。 イカナレハナラン、八上城攻メノ恨ミ残リシナランヤ。 遮莫（ｻﾓｱﾗﾊﾞ）亡母ノ仇モ惧ニ討チタランコト欣快ナリ。
六月三日 近江ニ侵入、安土ヲ手ニ入レンカタメナリ。 山岡景隆ニ瀬田大橋ヲ切り落サレ、 補修ノタメー日ヲ空費ス。 コノ日、毛利、筒井、細川父子、大坂ノ津田信澄ニ再度飛札。 一日モ早イ同心ヲ願ウ。
六月四日 山崎片家、斎藤利三等、佐和山、長浜ノ城ヲ攻略。 近江ノ主要ノ城ヲ次々ト落スモ、 蒲生賢秀父子、近江半国安堵ヲ約スモ降ラス、 日野城ニ拠ルモサシタル障ナカラン。 コレヨリ美濃ニカカラントス。 美濃ハ西方郷国ナレハ是非々々安堵仕ラント思ヘト、 京ノコト心ニ懸ル。 一日モ早ク京ニ戻リテ禁裏ノ工作ナサンモ、 細川藤孝ノ知恵ナクシテハ叶ハス。 大坂ノ津田信澄ノ消息モ今ニ不明ナリ。
六月五日 安土城へ入ルモ心ハ洛陽へ飛翔ス。 蔵ヲ開キ、信長ノ悪辣ナル手段ニテ蒐メシ金銀財宝悉ヲ放下ス。 尚信長ノ秘匿セシ天下ノ茶器四十二点モコレヲ毀チ、 吾カ政治ノ権威ニ依ラス、覆簣ノ力、 土石ノ功ニヨリ成ルヲ四神相応ノ形ヲ以テ天燃ニ顕ハシ、 徳輝ニヨリテ政治ヲ行ヒ、貴賤、男女所ヲ得テ諌鼓（ｶﾝｺ）苔深ク、 烏驚カヌ御代ヲコソ築カント誓フ。 尚五山ヘノ土産ニ黄金ノ捧卜銀貨百枚京へ送ル。 コレニハ信長父子ノ葬儀ノ費用モ含ム。
六月六日 高山ジェストヲ味方ニツケンモノト飛札ヲ立テル。 越後ノ上杉景勝ニモ使者ヲ出ス。 津田信澄大坂城二ノ丸千貫櫓ニ討タルトノ報入ル。 無惨ナリ。 筒井順慶ノ返事来クラス。 秀吉ノ動静奇態ナリ。 信長比叡山ヲ焼打チシ、 高野聖ヲ撫テ斬リセシコト 神仏ヲ無キカ代ニシタル報ヒ今露顕セリト知レ。
六月七日
京ヨリ神祇大副（しんぎたいふ）吉田兼和、 勅使トシテ来タリ、 緞子一巻、大房ノムチ鞦（ｼｮｳ しりがい）一懸賜ル。 有難キ勅諚（ｼﾞｮｳ おおせ）アリ 「京ノコト宜敷ク計ラヘ」ト。 感泣久シ。身命不惜、 天下ノコト光秀粉骨経営ナシテ、 皇恩ニ報イ奉ラン。恐誠恐懼恐惶。
六月八日 吉田兼和帰京。 上洛ノ準備ニ寧日ナシ。 改メテ香代ヲ朝廷ニ奉ル。 逆風順風ニ代ル。 欣快ナリ。 安土ニハ明智弥平次秀満ヲ楯籠ラス。
六月九日 軍勢ヲ整へ上洛。 吉田兼和ノ屋敷へ入ル。 過日ノ返礼トシテ、 銀五十枚ヲ吉田社ノ修理ノ費用ニ奉納ス。 禁裏ニハ不取敢（ﾄﾘｱｴｽﾞ）、 銀五百枚ヲ兼和ヲ通シテ献上。 五山ニハ各百枚宛、 併セテ大徳寺ニモ百枚奉納ス。
コノ日ノタ餉ハ兼和ノ饗応ニテ、 吾にレヲ主人ニ連歌ヲ興行ス。 出席スルモノ里村紹巴、昌叱、心前等 愛宕山ノ顔触レナリ。
かけ上り丘より見ゆる塔の影 光秀 斜に落ちる小田の広畑 昌叱 真柴垣閉めて通さぬ昼盗人 心肺 花よりほかに盗るものもなし 紹巴
五十韻ニテ打切ル。 祝儀トテ紹巴ニ銀五十枚ヲ与フ。 コノ折、吾カ日記モ備ニ渡シ、 下鳥羽ニ秀吉ヲ迎へ討タント出陣ス。 兵馬腔偬（ｺｳｿｳ）ノ間ニ、 モハヤ日記ヲ物スル暇ナケレハナリ。 吾レニ武運アラハ再ヒ物スルコトモアランモ、 武運拙ク果テナハ、 コノ日記モ共ニ焼却スヘシ、ト紹巴ニ托（ﾀｸ）ス。 秀吉ノ神足ナニニカタトフヘシ。 韋駄天ニテモカク速クハ翔ハン。 モトヨリ秀吉径廷ノ者（ﾀﾀﾞﾓﾉﾃﾞﾊﾅｲ）、 コノ上ハ羽柴勢ヲ山崎辺ニテ咬留（ｶﾐﾄ）メ 洛陽ヲ死守センノミ。 ソレニ付テモ、細川父子ノ背馳、 筒井順慶ノ優遊（ﾊｯｷﾘｼﾅｲ）コソ怨メシ。 マタ津田信澄敗死ノコト、 今知レルハ無念ノ極ミナリ。 コレヨリ吾ヒトリ、 股肱一万六千ト山崎ニ向フ。 神仏吾レニ加護アレ。
（惟任日向守・記）
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最終更新日
2021年01月13日 20時55分15秒
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