カテゴリ:飯田蛇笏の部屋
蛇笏の文学と風土 作品と風土 対談 飯田龍太&上田三四二
『俳句』四月号 角川書店 昭和五五年
一部加筆 山梨県 山口素堂資料室
作品と風土
上田 数年前沖縄に旅行しまして、八重山群島の石垣島へ行きましたときに、そこに吉良殿内という石垣島のまア昔の長(おさ)ですね、豪族の住まいなんですが、それが文化財になってるんですね。そこは観光の場所になっていまして、木戸銭を払って入るんですが、入りまして横手へ廻りますと、座敷があってその隅の方に実にいい陶器が飾ってあるんです。
飯田 はア。
上田 それでぞれが見たくなって、ちよっと靴脱いで上がりかけましたらぬ、ここは住まいです。上らんで下さい。(笑)人が住んでいるんです。そういうことが実際あったんですけど、ふっとそれ、思い出しましてね。この境川村小黒坂の山腹というのも、まア変な言い方だけど、一種の蛇笏の史蹟といいますかね、(笑)呼び捨てにして悪いんですが。それで前から一度お訪ねしたいと思っていたんですけど、なにしてもここ龍太さんが住んでいらっしやいますしね。(笑)これを史蹟だなんて呼んだら失礼なんで、現在そこで生活していらっしやって、そして言い方を変えれば史蹟をみずからまた作っていらっしやるような現状です。 それでなかなか伺うのに遠慮があったんですけど、きよう非常に春めいた目に伺うことができましてほんとに幸いでした。お正月からどなたかお見えになりましたですか。
飯田 いえ。今年は特別な方は見えませんでした。昨秋は堀口大学先生かひょっこりお見えになりましてね。というのは、わたしというよりも、堀口さんのお父さん、堀ロ九万一さんていう有名な外文官が蛇笏と非常に親しかった。それでそういう懐旧の思いも含めて一度いってみょうかと、そういうお気持じやないかと思いますが。
上田 そうでしたか。そのほかなにか、その、卒業論文を書くからとか、そんな人はありませんか。(笑)学生など。
飯田 学生さんはよく見えますねえ。
上田 この頃の学生というのはもの怖(物怖じ)しないですからね。「今日は」なんて入って来て、くろがねの風鈴ていうのはどれでしょうか、なんてね。(笑)
飯田 そこまで詳しいとまだいいんですがね。どんな俳句を作っていますか、なんて。(笑)
上田 炉を見せて下さいとか、なにかずいぶん実証的な行き方が若い研究家の中にはあるもんですから。それでそういうことがかなりあるんじやないかと思ってお聞きしたわけです。それがあんまりすぎるとお困りでしょう。 先ほどの堀ロ先生とか、そういう方は格別ですけど、卒業論文などでどんどん来るとか、それからまアもっとひどくなると観光バスで来たりね。あちこちの結社大会で、こんどはひとっ「蛇笏の郷」へいってみょうじやないかとか、そういうようになりますとね。
飯田 上田さんちょっとおっしやって思いついたんですが、二、三年前ですか、関西のある新聞社の学芸の方が、風土記みたいな気楽な文章を書くということで、蛇笏のことを書こうかつて、見えましてね、そして、あなたも俳句をお作りですかと。(笑)それ以来、それを思い出すたびに自信喪失だな。(笑)
上田 わたしはまた卒論のためにたとえば学生が二人来てね、一人は蛇笏をやり、もう一人は龍太をやる、そういうペアがやって来るんじやないかなと。(笑) わたしは以前は、そういうところへいくのに抵抗がありました。それでどこにもいかなかったんです。斎藤茂吉を書きましてね、四十代の初めに本にしましたけど、まだ茂吉の生れた金瓶と、それから『白き山』の背景の大石田ですね、そこへもいってないんです。 そういうことを言うとみんなびっくりしましてね、ほんとうかという顔されるんですけど、事実なんです。ほんとは行きたいんですけども。この頃はずいぶん観光化しまして、名所みたいになってる。 ですからかえって行きにくくなって、いかない。ただ、わたしぐらいの年齢になると、やはり行きたいという気がっよくなって、赤彦のところは十年ぐらい前、これは歌の方の大会が諏訪でございまして、そのときにわたしはその会員じやないんですけど、フラ″といきまして赤彦のうちと、墓を訪ねました。 三年ほど前から赤彦のことを書いていますが、そのときの訪問が役に立っています。千樫のことも書いたことがあるんですけど、そのときも千樫のうちへいきまして、実際そういう所を見ていることが大変よかったと思いました。そういう心境になったのが、五十を越えてからのことですね。 ぎようもそんな気持のうちにお邪魔にあがったんですけど、ずいぷんとここはやはり大勢の方が見えて、蛇笏の作品と風土というようなことで書いていらっしやると思うのです。そういう中で龍太さんの特に印象に残っておいでのようなことはございませんか。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021年04月29日 06時08分25秒
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