カテゴリ:飯田蛇笏の部屋
『俳句』四月号 角川書店 昭和五五年
一部加筆 山梨県 山口素堂資料室
飯田 「芋の露」の句についてはね、一度聞いたことがあるんですよ。
上田 ア、お父さまに。それで?
飯田 わたし、家庭でも言葉が非常に雑ですからね、その通り言うんですが、おやじあの句作ったとき自信あったのかねと。一般に知られるようになったけれども、作ったときはそうでもなかったなア、なんていってましたね。
上田 面白いですねえ。
飯田 これ、わたしは、非常に大きなヒントを受けましたね。
上田 この句は当時、非常に評判になったとか、そういうことはないんですか。
飯田 まあ一応評判になったんですね。というのはそれはホトトギスで大変成績のよかった作品ですから。しかし作ったときはふッと生れてしまった、ということを言いましたね。おそらく、高浜虚子の「遠山…」もそうじやないかと思いますね。
上田 「遠山」はわたしはそうだと思います。蛇笏の連山はねえ。たとえば 「くろがねの秋の風鈴鳴りにけり」 とか、これはぼくは直観というか、ふツと出たような気がするんですよ。それから、川瀬の句……。
飯田 「秋立つや……」。
上田 [秋立つや川瀬にまじる風の音]。あれもすごいいい句なんてすね。
飯田 わたしもあれは大好きな句。
上田 それなんかはふツとできたような気がするんですけどね。 「連山影を正しうす」はそれこそ、芭蕉じやありませんけど、さんざんに腹わたをしぼってできたんじやないかなと。
飯田 わたしもそう思って質問したんですよ。そしたら、そうでなくて、逆にね、それが全く反対だった。「くろがね」の方は、作ったときからもう。句会に出る前夜作ったんですがね。夜、秋めいた夜、すぐそこの部屋にやすんでいましてね、そして風鈴の音が聴こえてきたとき生れた句なんですね。そしてそのとき自分でもしてやったと思った。
上田 自信があった、できたとき。
飯田 というのはね、翌日の会へ出したとき、もうそれはおれの自信作だということを人にほッと漏らしているんです。しかも、その原句は、わたし現物持ってるんだけれども鉄という字を書いたの、クロガネを。そして後に「くろがね」と仮名に書き改めたんです。
上田 作られるときはそれはスッと、ほとんど直観的に出た。
飯田 直観的に生れて、自分で非常に強い自負心持っておったんですね。先ほど上田さんがおっしやった 「秋たつや川瀬にまじる風の音」 というのは、それについて当人の感想聞いておりませんが、しかし大好きの句です。非常に平淡な句だけれども、平淡な中にも、目に解やかには見えないけれども、大変な土着の精神といいますか、風土感というようなものが、非常に濾過された形で出ておると思いますね。 それからもう一つ蛇笏の作品ではね、 「秋風やみだれてうすき雲の端」という句。「出廬」という詞書がある。旅行に出かけるときですね。蛇笏は土着の俳人だといわれて、それはその通りだと思いますが、逆にやはり生涯、ちよっと気の毒な言葉かもしれませんけれども、土着しきれない精神が残っていたと思いますね。 これは、別な角度からいえば、芭蕉という人はこの頃そんな印象が非常に強くなっているんですが、漂泊の詩人というけれども、最後まで望郷というんですか、その思いがふっきれなかった人じやないか、 「旧里や臍の緒に泣としの暮」、 これはそれがあらわに見えている。また 「文月や六日も常の夜には似ず」、 あるいは 「此秋は何で年よる実に鳥」 なんていう句裏には、漂泊だけを憧れては生れてこないような感じがあるんですね。それからもっとそれがあらわになってきて結局ふんぎりがつかなかったというのが辞世の句ですね、枯れ野の句。あの句は、わたしは作品としてはそんなにいいとは思わないけれども、あの生マ生マしさというのはやはり寿貞尼だけでなくて、いろいろやはり人間的な葛藤、旅だけを憧れて、というものでない生身の、死に切れないようなもの、われわれが持っておる凡情と非常に近いもの。故郷を思い、あるいは身辺の肉親を思うという情がこう、二重、三重にからみ合ってふんぎりがつかないようなところがあったんじやないかと思います。 だから、どういう意味で芭蕉、芭蕉と蛇笏さん言うのか、わたしも今もってよくわかりませんが、どこかに共通点があったんじやないかっていうことは、ちようど垣の外と内みたいな感じで、蛇笏はここに住んで、ここで生涯を終わつて安住しておったとは見えませんしね。 それはもうある面では桎梏(あしかせ てかせ)……ただ、非常に明治気質の人で感情を押えることについてはかなり厳しいものを持っておったと思います。しかし、だから旅の句になると、悪い言葉でいえばずいぶんはしやいでいますね。(笑) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021年05月02日 08時45分37秒
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