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2021年05月19日
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自分の記録 横森東洋氏著 韮崎『中央線』昭和47年

 

一部加筆 白州ふるさと文庫

 

 記録を保存して置くのには、住居の中に相当な空間を確保しなければならないので、物置や倉庫といったもののある家なら格別、普通は場所ふさぎになるという困難が出て来る。

記録はまた、整理するのに手開かかかるのでわずかばかりの余暇を利用するのでは、十分な整理が出来ず、心ならずも未整理のままに堆積する結果になり、何かの記録を探す必要に迫られたりすると、あちらに移し、こちらに動かしして、ますます乱雑になり、整理の困難さを倍加するなりゆきになってしまう。

それで場所ふさぎを解消し、整理に要する面倒を回避するならば、一括払い出したり、焼却してしまえば済むことであるが、どうもそこまで思いきれず、ふみ切れず、幸か不幸か勤務上頻繁に住居を移すこともなかったので戦災で焼失した以後の記録が新しく現在残ってしまったのである。

 学校勤めをやめて、暇が出来たので、この記録の山の整理に手をそめたのであるが、思いのほか、手数のかかる仕事だということを痛感するばかりである。しかし手数がかかるといっても、考えてみれば、わたくし白身の記録への執着の強さから来ているので、自分の蒔いた種に由来するものを、自分で刈るのだから、自業自得というものである。

他人から見ればそんなに手間のかかることではないであろう。わたくしの場合、記録を作り、記録を残すことは、何とかして生きながらえようとする生命への執着と直結しているように思える。だれでも生き続けたいと思って生活している。金石の堅固さに頼って、

自分の名をとどめようとする人もある。わたくしは自分の力をはかり、自分の好みもあって、文字を綴ることに惹かれる。自分の記録によって、自分の生命をいくらかでも長くしたい。紙に書きとめたものは、自分の肉体から離れたものだから、物として、心して保存するならば、人間の寿命よりか長く残存し得る。要は人が、わたくしの記録が保存に値すると思うかどうかである。

 自分の記録を整理するしごとに手を焼いていても、一面愉しいこともある。大体われわれの記憶出来ることには限界があるし、年をとるにつれてその限界がちじまってくるのを感ずる。乱雑に書きとめたメモでも、古いものが出て来て読み直すと、ほとんど忘失しようとしたことが、かろうじてよみがえってくることがある。文学的に、あるいは理科的に面白い着想を書きとめて、未完成のままに年月を経てしまったのである。そうしたものは詩なり歌なり、またはちょっとした研究とした人の記録でなく、軽く小さなポストを守ってまとめたいと思う。すっかり忘れたということでなくても、記憶というものは、他の心象と結びついて、当初とはちがった潤色が、知らぬ間になされることもある。現在の記憶内容を詳細な記録に照合すると、他のことが混入しているのに気がつくことがある。夢の中に出て来る景色のように、的確にどこといえないようなことが、記憶というものにもあるようである。昔から伝承された有名な物語などには、はじめの話を骨子にして、あとから付加された部分があるように思われるが、個人の記憶にもそういった傾向が見られることがある。そのような場合、記録は物語に対する実録といった役目を負うものであろう。

記録を整理するしごとには、物をつくる喜びといった面もある。雑然無秩序となりおおせた書きつけを、大綱を立て、細かい関係をたどって、整然として、いつでも必要に応じて利用出来るように組み直すことは、科学的な探究をしたり、小図書館をつくるようでもあって、何か物を創造するようなよろこびをも感じさせる。それが社会の重要な地位にあって来た人間の生活記録に過ぎないにしても、人間は万能ではないのだから、誰の目にも顕著な記録によっても知るべくもない消息もあるだろうし、身近に生活した人間の記録の方が受け取り易く、共感をよぶということもあるだろうから、やっぱり自分の記録を大事にすることにも価値はあるのだと、自分で考え  直しては紛糾錯綜した堆積物に立ち向かうのである。






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最終更新日  2021年05月19日 04時53分03秒
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