カテゴリ:韮崎市歴史文学資料室
韮崎『中央線』昭和47年 梅雨のころ 細田兵夫氏著
一部加筆 白州ふるさと文庫
無花果の広葉の風や梅雨に入る。(九茂茅) (いちじく)
梅雨といふのは、お百姓さんにとっては、非常に有難いものである事は云ふ迄もない。 がこの有難い筈の梅雨が「土方」にとっては誠に困りものとなる。 先づ、田植へ、上簑に人手をとられてしまって、土木の工事現場には全く人影がなくなってしまふ。過疎地帯である峡北は普段でも労働力は少い。従って土木工事に携る者は、出来るだけ機械を用いることに依って、労力の省力化を計る。だが機械で施工出来ない処が沢山ある。この労力が零になってしまふのが梅雨時である。 県の場合出納閉鎖は五月二十五日である。従って、どんな事があっても工事は五月中に完成させねばならない。吾々は夢中で工事の完成を目指しはするが、肝心の人手が無くなっている。……… 次に困るのは。 ジトジトと降り続く永雨である。例えば、台風は別としても、夕立の様に勢良く降ってくれる雨は、勿論土にもしみ入るが、土の表面を流れて行く量が多い。が、梅雨の様に、じっくりと降り続く雨は、土の表面を流れるよりも土に染込んでしまふのが多い。しかも、幾日も幾日も続くので上表が乾く間もなく染込んでゆく。この染込んだのが大変な事となる。土木屋用語で、この土の含む水の割合を含水量と云ふ。この含水量が多くなって、もうこれ以上水をためる事が出来ない時を飽和状態と云い、これ以上になったのを加飽和と云ふ。土が加飽和の状態になると、土の分子と分子との間に働いている吸引力・接着力・摩擦力と云ったもののつり合いが崩れる。そして配流となる。是が土砂崩れであり、路側欠壊であり、路盤沈下と云ふ様な事となって土木屋さんを慌てさせる。だから土木屋は、こういふ事で無様に慌てるのが嫌だから、芝を張ったり、石を積んだり、コンクリートを吹付けたり、アスファルトで舗装したりする。 しかし、いくら土木屋がいろいろ考え、頭をひねってみても、雨水の染込むのを防ぐことは他辱しい。昨年の五月に起った上宿の七里岩の崩壊も、以だ様な原因に依る。七里岩は勿論八ケ岳の溶岩滝であって、多孔性で転石を沢山抱へ込んでいる。雨水はこの孔の多い岩目に染み込む。そしてどんな理由かわからないが、転石の廻りに、より多く附着、沈澱していた石灰質を溶かしてゆく。こんな事が永年繰返されている聞に、石の廻りに穴があ一き、この穴が更に広がって亀裂となり、この亀裂に又水が流れ込んで崩壊を起したといふ事である。唯困った事に、七里岩の場合は崩壊場所に更に大きな亀裂があり、その儘残ってしまった。それが今にも政ちて灸そっに見えた。土量とすれば二〇〇㎡程であるが、人家の近くであるので、火薬で吹っ飛ばす訳にもいかないし、機械で削り取る手段もない。結局石屋さんを入れて、手でコツコツと削って人の肩で運び出した。流石に人力だけでは高くついて、此の作業だけで四〇〇万円程かかって、土方の吾々にも唖然とした事があった。 しかし、其よりも良い勉強になったのは、崩壊地の上に欅等が沢山生えていて、吾々はこの木が風でゆらゆら揺れ、其の根が亀裂に喰込んでいるのが、崩壊の原因になるのではとも思はれ、此等の禅等を切った方が良いとの結論に達した。 そこで林業試験場の専門家に指導を願った。早速下宿にお住いの山内場長さんがお見えになり「落葉樹の根は横に広がる、その横に広がった根がお互いにからみあって、一つの層を作る。この層は雨水の浸透を調節し、岩盤の風化を守る。従って、この木を切るなどとは、もってのほか」との事で、吾々は慌てて切るのを中止した次第である。 その時から韮崎の人々には、七里岩上に青々と繁る棒その他の雑木を大切に保護育成すべき義務が生じた事になる訳だが、余り知らないようなので記した。 さて、雨が降ると、雨量と云ふ言葉がつかわれる。雨量を簡単に測定する方法を御披露する。雨量は雨量計でなくちゃなんて云わなくたってよい。 雨が降りだしたら、洗面器でも空論でも何でもよい、水がたまりそうなものを雨の中へ出しておく。雨が止んだら、物差しで、たまった雨水の深さを計る。その深さをミリメートルで読んだものが雨量である。 昭和四十一年の甲府の相川の災害の時の雨量は七五ミリメートルとの発表であったが、吾々が相川の最上流娠といふ部落で、お婆さんに聞いた話では、庭先に乾しておいた漬物桶から雨水が溢れていたと云ふ。桶の深さは一尺程であったから、三〇〇ミリメートル以上の雨量であった事になる。が、公の機関で測ったものではない、と云ふ事で公認されず、甲府地方気象台での計量である七五ミリと云ふ事になってしまった。この時の集中豪雨は、甲府市北部が中心であったので、七五ミリの雨量と云ふのは、今だに私は納得出来ないのである。 とまれ、梅雨は季題にはなっても、土木屋にとっては、余り有難いものではない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021年05月19日 05時41分35秒
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