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山梨県歴史文学館 山口素堂とともに

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2021年05月23日
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高根町の俳人 八巻隆枝 

 

資料…北杜市高根町誌(合併以前)俳文芸

 

一部加筆 白州町 山口素堂資料室

 

本名善太夫大直喬。俳号大壷亭。箕輪大坪に生まれる。天明元年(一七八一)五月六日歿。八巻家の墓地に「桊量院義繁勇賢居士」と刻まれた石塔があるが、これが隆枝の墓であり、墓石の側面に

  今の世を夢路に帰る泉かな

と辞世の俳句が彫られている。隆枝に関しては天明七年(一七八七)七周忌に企画され寛政元年(一七九七)五月六日刊行された追善俳諧集『入梅の袖』によってそのすべてを知ることができる。『入梅の袖』は利躬によって刊行されたもので、彼は巻末に次のように記し、伯父への追悼句を詠んでいる。

  居士夢路へ帰る夕部より今慈明忌の朝かに至りぬ。

されは吉見か栄行ことをなん待つるにやゝなりて

枝々葉々はびこり濃酒の両業をたのしみ

古きに基づくこといと追孝ならめ、

はた此編集七周に及つゝりぬれどもいさゝか故障ありて、

月日うつりぬれど、

せちにおもひつるはつ女古元か深き志しを感じ、

愚老も倶に心をそへ梓にちりはめて手向ぬ。

  

慈明忌の手向も茂る枝葉かな 幸梅園利躬

 

『入梅の袖』の巻頭の序文は壷中庵調唯が書いている。この序文により、当時の八巻家また八巻隆枝の日常生活、教養・趣味その他に至るまで詳細に述べている。なお調唯は甲府八日町一丁目の人で、姓は鈴木、名は伝右衛門と云い大津屋という旅館を営んでいた。父は壺嘗軒調唯といい、父子二代の俳人で甲府の中心的の存在であった。

  

俳諧は花鳥風月山川草木の形状を吟し、

また人情の言かたき事を和し得失をたゞし、

鬼神の感ぜしむ、まことに風雅の余流なり。

爰に八巻何某といへる人は大壷亭と雅名を顕し、

峡中逸見・箕輪の郷の豪家の長たりき、

寛文のむかしより今に至るまで、

酒造の産業をかさね数瓶の壺を蔵にならべ、

酒肆に人の組閣なく誠に大壷亭と言へし。

業余力あるにまかせて常に風流を好みて

  蕉翁(芭蕉)の余情を尊み、

扈言白出(?)を後世に耀し旦には詩書の経を解り、

暮には孫呉か編をひらき、

撃剣は唯心一刀流の奥を極め、

また入木は大和様を学び余跡無窮にたれたり。

こゝを以てしたふもの多し、

豈た一時にほこり一部に栄るのみならんや、

いかなれは此人にして眩暈栄肺癮の病におかされて日あり。

  惜かな天明のはしめ丑の閏皐月六日中の刻ばかりに、

四十一歳を限として落葉を待す。

自悟せしことを述、今の世をゆめ路へ帰るの吟をよみ、

つとにして菖蒲の下露とともに簀を易と聞、

いたましや敏なるは先たち愚老は後れ、

  命なるかなかへすがえすも悔いてせんなけれども、

やゝ涙痕の沾しぬ。

さればいにしへの大壷公は費長房を伴ひ壷中に入、

旨酒嘉肴をその座に盈て楽みを同し、

旧友大壷亭主人は花にうかれ月に嘯き、

四時折々の言種翰墨年をかさねて

楽みを同じて予机上に満て、

その芳流猶いまだ悵恍として存せり。

然るに隆枝居士の甥たる厚菜亭のあるじは

年久しき信友なれば、

折々の夜話に此事をなん惜みつゝ

何時か忘れんとおもふ折から、

利躬子および八巻氏の婿錦翆子、彼傷悼の言種より、

その法筵の時々に応じたるみかけるふみ、

此七周に及ぶ迄、人々の贈らるゝを、

一集に綴り涙痕の余りにや入梅の袖と号。

  予に序詞を需といへども、

元より不才にして殊さら老衰なるを以て

深く固辞すれどもゆるさず。

仍て逆事なかれの命を重じて

人の譏(そし)りをかへり見す愚なる事をのみ陳ぬ。

 

 この序文で明らかのように、八巻家は名主として農業を営むほか、寛文時代から酒遺業を行ってきた当時の名家であり、「酒肆に人の絶え間なく」と書いているように繁盛した造り酒屋であった。家業に余力があるにまかせて俳諧を行っており、その他和漢の古典講読、一刀流の剣術、書道などに造詣が深かった。従って多くの人に尊敬されていたが、病に冒され四十一歳で死去する。花・月など自然美に惹かれ、四季折々俳句を作った。彼の俳諧は「蕉翁の余情を尊み」と序文に書かれているように蕉風の俳諧であり、利躬と同系統のものであるといってよいのではないかと思う。稲後が次のような追悼句を載せていることによってもそれは窺われる。

 

  五月雨七さみだれの読誦哉  起早庵稲後

 

隆彼は次のような俳句を作っている。

 

     春 

  埋木もけふはみどりの雪解散 

  掛樋にも今朝のはつ音や梅の花 

  姫貝の引手あまたや汐干狩     

     夏  

  明方や山も帯する花卯の木 

  山住も窓をひらくや五月雨

夕立やありあはせたる日傘

     秋

花壇見に厘も下るや露の玉

  埋木も花咲にけり蔦かつら

  住荒す軒にほまれや蔦紅葉

     冬

  和かれて笑ふて人や雪の客

  雪の日や窓から通ふ物の音

  寒い顔見せず雪間の水仙花

 

春・夏・秋・冬の自然美に感銘し、その美を巧みにとらえており、なお人事の機微も良く表現されている。名家の主人であり、俳人としての才能、その他に優れていた隆柯の四十一歳の死は家族・一族はもとより多くの人々に借しまれた。追善俳諧にそのことがよく表現されている。

   勇賢居士今の世をはかなく去玉ひしこと

闇の夜に灯を失ひしか如く、

たよらん影もなく只さへしめる

五月の袖いとゞかはくまもなかりしかは

たのむ木も朽て濡々や入梅の袖         少年  古元

手つさへし香炉しめるや五月雨         甲川亭 鋪翠

覚ぬ夢の寝姿かなし蚊屋の内          厚菜亭 利躬

さみだれや淋しきに又猿の声          仙桃斉 誓伎

我袖に降らぬ日はなし五月雨          女   はつ

五月雨や空にしられぬ袖の露          女   ちよ

  手向ばや声有だけの蝉時雨     甘利   紅貞

啼こゑも手内申塚のかんこ鳥              和鳴

問残す道のおゝさよ皐月雨               一水

とどまらぬ袖に流れやさつきあめ            早車

見上ればかなしほたるの雲隠れ             風曲

 

古元・錦翆・はつ・ちよは八巻家の人であると思われる。

それぞれの句は実感があり涙にむせぶ真情にあふれている。

  

隆枝の辞世の句は

  今の世を夢路に帰るさっき哉

であるが、知識人として、俳人としてふさわしい句であり、この句を発句として一族・現高根町の門人が連句を行っている。

  

 辞世の吟脇起

今の世を夢路へ帰る皐月哉         隆枝居士

涼しき水を汲替る闘伽           古元

手の届く松もいつしか人すれて       利躬

飛石の塵打はらふ風            錦翆

月に曳月にひかるゝ琵琶の曲        汀亀

叔たる秋にわたる色鳥           誓俊

滝の音近く聞てひやゝかさ         はつ女

杖つくつくと突て順礼           水成

膏薬の一子相伝安ひもの          鳳曲

  火鉢のそばへ猫も寄そふ        隆水

忍ぶ名で無事を知らせる文の来て      一清

  妹か細工をほめる板もの        一水

晴わたり月のきりやうも男山        鳥白

床几もいとど光る白露           其葉

新米の飯はとうてもこはいやら       千代女

律義過るは年寄のくせ           浮木

  咲花も御供の場に咲あはせ       風随

  香の烟りも長き日の影         執筆

 

七周忌の法事には利躬をはじめ親族は次の俳句を作っている。

 

 月日もはるかにうつりて

七周の法会に及ぶ折から寂父の恩の上に

水茎の深きをいたくわすれかねて

 

踏ぬ影を塚の樗や七周忌          利躬

七周忌折もうらめし花あやめ        はつ女

  蝉の声も経陀羅尼かよ七周忌      古元

七とせやはれても濡る五月山        ちよ女

  起祥忌にめくれど袖は入梅の内     鋸翆

 

 隆枝の死は、利躬にとっては伯父であり、俳諧の師ともいうべき人であったのでひとしお悲しみ深いものがあったと思われ、『入梅の袖』に

 「厚菜亭利躬爰に格言して申」の一文を書いている。この文章については利躬の箇所に掲載することにする。

 『入梅の袖』刊行に際して京東山蘭更・諸角梅英・平橋庵敲水をはじめ県内外の多くの俳人、が追悼句を贈っている。なお現高根町の人の句が次のようにみえる。

 

俤はさらぬを昨今蚊屋の内         隆水

南山も崩れてかなし雲の峰         一清

夏の月光り残し雲かくれ          箕城

折度にぬるゝたもとや蓮の華        烏白






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最終更新日  2021年05月23日 06時38分00秒
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