カテゴリ:山梨の歴史資料室
◇小佛峠怪異の事 梅翁随筆(著者不詳)
肥前国島原領堂津村の百姓與右衛門といふもの、 所用ありて江戸へ出かけるが、 甲州巨摩郡龍王村の名主 傳右衛門に相談すべき事出来て、 江戸を旅立て武州小佛峠を越えて、 晝過のころなりしか、 一里あまり行つらんとおもひし時、 俄に日暮て道も見えず。 前後樹木茂りて家なければ、 是非なく夜の道を行に、神さびたる社ありける。 爰に一宿せばやと思ひやすみ居たり。 次第に夜も更、森々として物凄き折から、 年のころ二十四五にも有らんと思ふ女の、 賤しからぬが歩行来り、 與右衛門が側ちかく立廻る事数度なり、 かゝる山中に女の只壹人来るべき處にあらず。 必定化生のものゝ我を取喰んとする成べしと 思ひける故、ちかくよりし時に一打にせんとするに、 五體すくみて動き得ず。 こは口惜き事かなと色々すれども足もとも動かず。 詮かたなく居るに、女少し遠ざかれば我身も自由なり。 又近寄る時は初のごとく動きがたし。 かくする内に猶近々と寄り来る故、 今は我身喰るゝなるべし。 あまり口おしき事に思ひければ、 女の帯を口にて確とくわへれば、 この女忽ちおそろしき顔と成て喰んとする時、 身體自由になりて脇ざしを抜て切はらへば、 彼姿はきえうせていづちへ行けん知れず成にける。 扨おもひけるは、 此神もしや人をいとひ給ふ事もあらんかと、 夫より此所を出て夜の道を急ぎぬ。 其後は怪数ものに出会ずして、甲斐へいたりぬとなり。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021年10月17日 06時00分47秒
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