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2021年10月26日
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貞門俳諧と連歌

 

 俳諧は連歌の派生体で、滑稽あるいは戯れなどと称されている。室町時代の歌学者頓阿は歌学書「井蛙抄」で「俊成卿の和歌肝要に俳諧歌は狂歌なり云々」と述べ、同中期の歌人で連歌師の心敬は歌道と仏道を一体化する歌論を展開し、同末期の連歌師飯尾宗舐は心敬に学んで連歌を大成させ、その高弟宗長は一休禅師に参禅し、師の旅に随伴して各地を遍歴。同後期の連歌師山崎宗鑑は宮仕えから隠棲して、機知滑稽を主とする俳諧の連歌を作り初め、年齢的には後輩の伊勢宮の神官・荒木田守武(和歌・連歌を良くして滑稽の中にも上品さを湛え、俳諧の連歌を唱える)と共に俳諧の祖と称され、宗紙の門下・牡丹花肖拍(連歌論書「肖相口伝」注釈書「伊勢物語肖聞抄」など)の末に、里村紹巴(連歌論書「連歌至宝抄」など、子孫は江戸幕府の御用連歌師となる)の門の松永貞徳(勝熊)が江戸期の初め俳諧の方式を定めて、近世俳諧の祖となった。 

貞徳は京都功人で和歌を細川幽斎に連歌を紹巴に学び、古い連歌の仕来り(法則)を簡単なものに改め、俳諧(連句)の方向付けをした。

 もう少し連歌について解説をしておくと、連歌は和歌の上下両句を二人で詠むもので、応答歌二百の遊戯で、奈良朝以降平安期に盛行する。これを短連歌と云い、素堂はこの応答を好んで用いた。平安院政期以後この応答一首が遊戯的なものに移行し、短連歌を三十六句続ける「歌仙」や五十句の「五十韻」と呼び、百句・千句などの長連歌が流行し、室町斯に最盛期を迎えて連歌師も登場し、初期の遊戯的なものから、文学の一様式にと完成したものである。連句は俳諧の連句とも云い江戸期に盛行し、発句に付句をして長く続けるもので、連歌の作法を引き継ぎ色々と制約があり、後で触れるが例えば「恋の句」は三句まで五句以上統けることは禁など。種類には百韻・千句・歌仙(三十六句)のほか表・裏八句、三つ物など。聯句は漢詩の一つの体で、詩一句ずつ作って一編にまとめるもので、鎌倉・室町期に流行して詩連句とも云うが、江戸期の林門周辺で盛んで有ったのは俳連で、林羅山・春斎親子も貞徳に指導を受けていた。

 さて、諸書に解説される俳諧についての語句は、その趣味は通俗の滑稽に有り、貞徳については、故事や古歌を多用して言語上の縁や掛けを主とし、俳論書「後傘」(慶安四年刊、御傘とも)で規則として挙げているのは、

  言を用いること

  一句にその理あること

  用附・同意の禁止の三点が主な処である。

 

  俳書は、和歌・連歌には用いない言葉の、漢語や俗語など一切を網羅すること。

  理は、俳諧が謎のような難解なものより、有意義の物として文学的な物とする。

  用付・同意の禁は、俳諧を変化に富むものにするためである。

 

に要約される。通俗を旨とする貞門は、文章も平易なものにすることに努めた。これも後には堅苦しい(古い)と感じる者も出た。西山宗因の提起した談林俳諧である。

 

宗因は連歌を里村肖巴に、俳諧を貞門の松江維丹に学び、難波天満宮連歌所宗匠(正保四年)承応頃から俳諧を始め、北村季吟が俳諧宗匠として立机した明暦二年、宗因は俳諧活動を開始したのである。恐らく宗因は季吟が貞徳の後継者として、当時の停滞した貞門の俳諧に新風を起こすものと期待していたらしい。季吟は立机の前年に俳論書「埋木」を著述して、新風を吹き込もうとしていたことは知っていたのであろう。処が宗因の期待に反していたのであろう、寛文五年に宗因は点者として立ち、同十年には連歌所宗匠の地位を子息に譲り俳諧に専念すると、翌年には談林新風を唱導し始めたのである。

 宗因の新風は、事象の面白いものを材料とし、俳世の法式を度外に置き、貞徳の法則を全て守らず、奇抜な着想と破格の表現をするもので、俳諧は滑稽の遊びであるから絶対に自由であるとした。宗因の晩年には談林を標榜する者たちが、唯新奇を尊び、常識では解せないものが生じた。つまり、宗因の意に反して通俗性の修辞上の正当な注意を欠いた、杜撰なものも多くなり、天和二年宗因の死によって次第に衰亡に傾いていったのである。一方季吟は俳諧宗匠の傍ら寛文初年頃から古典文学に傾斜し、同元年「古典注釈書」をかわきりに、延宝二年の「枕草紙春曙抄」「源氏物語潮月抄」等と発表し、俳諧の宗匠は子息の潮春(寛文七年後継)に任せ、歌学と古典研究に勤しんだようであ






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最終更新日  2021年10月26日 06時13分23秒
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