山梨県歴史文学館　山口素堂とともに

甲斐駒ヶ岳の景勝地

『史跡名勝天然記念物』　第七集　第七号　昭和７年発行

山梨県技師　中島英治氏著

　写真挿入・一部加筆

 

駒ヶ岳の風景は、山そのものの威容と登山により森林美望の変化とその渓谷美とである。かつて大町桂月は曰く、

「富士山は正大なり、正大の点に於いて世界無比なり、もし魁偉の山を甲州に求むれば、まず駒ヶ岳なり、駒ヶ岳は魁偉の点について、甲州に冠たるのみならず、天下にその比稀なり、高さ一万尺に近くして、二千尺の地盤より直に崛起す云々」

と駒ヶ岳を推賞している。

また東京日日新聞、大阪毎日新聞主催の日本新八景の投票に於いて、百景の一に加わったものである。

　日本南アルブスといえば、赤石山脈、白峰山脈、甲斐駒山脈である。駒ヶ岳はその甲斐駒山脈の主峰であり盟主である。木曾駒ヶ岳に対して甲斐駒ケ岳又は東駒ヶ岳とも云われて居る白峰山脈と鳳凰山その支脈の分岐点に立って居る。

　甲府盆地より偉容を表わし、八ヶ岳と相封岐して居る。中央線を通過するときは韮崎、穴山、日野春、長坂、小淵沢駅に於いて親しく車窓に高聳し終始して登山探勝慾をそゝらしむるものである。

　駒ヶ岳は一名自崩山とも云う、甲斐と信濃の両国に跨る花崗岩の山である。西北は鋸岳に連り尾根は二つに分れて、一つは北澤峠から仙女岳に、又仙水峠から浅夜峰鳳凰山に連亙して居る。頂上は磊々（らいらい）たる花崗岩の問に偃松（はいまつ）があり高山植物の多き二百数十種あり、中腹以下は森林をなして居る。

 

　此山は古楽より信仰の山として名高いもので、頂上には駒ヶ岳神社の小祠があり、前峰に中宮黒戸山に岩戸大神前官は菅原村竹宇及駒城村横手（現白州町）にあり、祭神は大巳貴命を祀り、文政年間信濃国人弘幡なる人頂上に至る通路を開きしと云い、信仰者今に多く其敬崇者の登山と共に探勝登山また南アルブスの要衝の地なる為、その礼讃者の憧憬措（お）く能はざる處である。

 

〔台ケ原集落から甲斐駒ヶ岳を望む〕

登山道

　登山道としては菅原村にありては竹宇、前宮口、前澤口、新道として尾白川渓谷、駒城村にありては横手前宮口、新道として大武川渓谷、又鳳来にありては鳥原より濁川（現神宮川）渓谷を開かんと努力し、又釜無川を遡る為努力しっゝあり、その他は信州戸臺より登る道である。

 

登山道と風景

　中央線日野春駅に下車それより徒歩下日野を経て、富士見三景の一なる花水坂を越え、釜無川を渡って菅原村台ケ原に達し、（台ケ原には登山案内組合事務

所あり）竹宇駒ヶ岳神社より登山道につく。或は日野春駅から釜無川を渡り、信州往還を横切り大武川に沿って柳澤に至る（柳澤にも登山案内組合事務所あり）原の部落を経て、横手の駒ヶ岳神社より登山道につき、笹の手にて台ケ原の登山道と合す。又韮崎駅（白鳳会登山案内事務所あり）下車、これより台ケ原行乗合自動車を利用して柳原又は台ケ原に下車、前記の行路を取る事を得（其外中央線長坂駅・小淵沢駅より台ケ原文は柳澤に至る事を得る）。

　笹の平より針葉樹林となり、前屏風の頭それより黒戸山（二二五四米突）の北側黒木立密林より屏風岩の鞍部へ下る、最低鞍部と中段に二軒の宿泊所があ

る。屏風岩の断崖は梯子や金の鎖がある。山稜は嶮岨である。石尊尾根の第二の梯子を渡る此附近で北アルプスの連峰が見え、七丈小屋につく此附近には高山植物があり、サウシカンバ(草紙樺)がある。それから灌木帯となり八丈御来光場に出る此附近には偃松がある。

 

摩利支天

　甲府盆地がよく見える地獄谷の中腹へ入って摩利支天への道もある。危瞼なる處である。八女より頂上に至る、頂上より鋸山へ出る道もある、北アルプス、中央アルブス関東山地御坂山脈は絵巻物の様に見える。新道としての尾白川渓谷はかつて大町桂月氏が曰く「新道は尾白州上流に沿う一渓に四十人瀧をなす瀑布の多きさは天下無類なりと、又駒ヶ岳連峰は瀑布の山なり」と。又「是やこの一万尺の高根より下界にそゝぐ四十八瀧」とはその感嘆した歌である。

　菅原村竹宇駒ヶ岳前官登山道で分れて尾白川を遡ものである。すぐ瀑布や奇岩怪石に清流の景色を見る。皷瀧、旭瀧、クスバ岩、葛葉瀧、神蛇瀧を経て石室につく。不動瀧は目前にあらわれる。（これより笹の平に出る道あり、また前宮に出る馬道もある）。

不動瀧より雁ケ原

　不動瀧より雁ケ原に出て前澤に登山道に合する途も近来開かれてある。不動瀧より川を遡れば不二岩、地獄瀧、天狗岩、長渓、瓢箪淵、養老瀧、曲淵、小

瀧、中小屋、河原に出で、河に沿いたる道を行けば女夫瀧を右に左の深林内に高山植物がある。重石砿のある金山澤の分岐点である。右の流れに添って梯子瀧より中腹道にて遠見瀧を眺め、進んで噴水瀧に出る。三斜瀧、大淵対岸に花岩と云う断崖が苔の色をなして居る。獅子岩の奇景、左の流に従い千丈瀧を経て森林帯に入り、屏風岩に出る。舊道尾根道に合し屏風岩の梯子を昇り七丈小屋に達す。

 

前澤口

前澤口は前澤より雁ケ河原に至る雁ケ河原は全花崗岩よりなって、風化し石柱高く聳え、附近の森林美と共に奇勝をなしている。それより日向山、鞍掛山、

大岩山を経て駒ヶ岳頂上に至るのである。

濁川（現神宮川）

 

濁川（現神宮川）渓谷は鳳来村鳥原より小瀧に出で、更に水晶岩、鬼窓前大岩を経て大鳥帽子岳より駒ケ岳に至るものである。道路改修については地元に於いて努力中であり、なお濁川支流には八間石、寝覚床、夫婦瀧、梯子瀧、大瀧等の諸瀑布がある。また濁川渓谷を雁ケ原と連絡をとる必要も生じて、附近の景勝地との連絡探勝することを得る。 （八間石）

大武川渓谷

　駒城村横手・大坊には大薮温泉、駒ケ岳温泉、三寶温泉等がある。此等の温泉を足場となすことを得、これより奥大坊大武州に出る砂防の大堰道は人工の

瀧をなして異彩を放って居る。付近に獅子岩がある。その名の通りである。一ノ澤・二ノ澤を過ぎて魚止瀧に至る。落合瀧も少し危険を冒せば望む事が出来、

勘五郎一ノ滝・二ノ瀧・三ノ瀧があり、勘五郎平にある大岩は天然の石室である。勘五郎横手から灘岸対岸のスルス岩を眺め磧（かわら）に出て赤薙瀧を見る、渓谷第－の瀧である。赤薙澤から廣河原に出る近道もある。赤薙瀧より引返して本流を遡れば下一條の瀧瀧澤となる。

   

ヒヨングリ

ヒヨングリの石室に出てヒヨングリの瀧を見て梯子瀧上に表れる。駒ヶ岳の遠望はよい。段々針葉樹となる。横手瀧を過ぎ大岩下の摩利支天の眺めもよく、

仙水下の原始林の森林美と、その附近は自然の庭、公園である。駒ケ爵は愈近く、それより尾根に出て、駒ヶ岳頂上に至る等、以上各登山道共森林、渓谷、

瀧、深澤、奇岩、怪石、等風景千変萬化の状態である。

登山期

登山期は毎年六月一日より九月二十日頃迄なれども、昨今は各渓谷の新緑紅葉の探勝に、初雪の駒ヶ岳又は冬山を臨みんとする高山礼讃者も著しく増加し

た。

附近の景勝地史蹟天然記念物

八ヶ岳山麓溶岩台地、釜無川の清流に峭立して延々たる七里岩の奇勝と菅原村白須及鳳来村の御料林は、赤松にして海岸風景を偲ばしむる庭にて、夏は野営天幕場によく、秋は松茸狩の行楽の地に適する處である。

宗良親王（むねながしんのう）

白須には建武の昔征東将軍宗良親王、遠州伊谷より信濃の保科氏によらんと、山伏の姿に変粧しこの松原にやすみ給う。『李花集』に甲斐国白須と云う所の松原かげにしばしやすらひて

「かりそめの行かひちどほきゝしかどいざやしらすにまつ人もなし」と御心さびしくこの地を過ぎ給う。村人此地に記念碑を建設してその昔を偲ぶ。

その他景勝地

　景勝地としては以上の鳳来村の濁川渓谷、釜無上流渓谷、菅原村尾白川渓谷、駒城村の大武川渓谷について石空川（うとろがわ）の精進瀧等にして、菅原村にありては、小学校（白州小学校）庭に於いて先史時代遺跡の土器出土し、又馬場美濃守の居城址（白州中学校付近）、駒城村の中山城、武田時代の燈火塁跡、柳澤氏宅址、餓鬼の嗌等の遺跡がある。天然記念物としては菅原の天皇桜、三本桜、大杉（白須自元寺　伐採されたが底辺箇所が残存）、大樅（巨麻神社）、駒城の関の桜、駒の松（枯れ死）、新富の山高の神代桜、萬休院の老松（舞鶴松、枯れ死）等がある。