”(能は)演者によってももちろんだが、観る者のその日の状態や気分によって曲の印象は―”
てな事をどこかの入門書で読んだけど、「本当、そうだなぁ。」と思うのがこの能【安達原】。
って、まだほんの数回しか観たことない人間の言うセリフではないっ。含蓄指数0です(笑)
諸国行脚している二人の山伏と従者。
陸奥の安達原まで来たところで、日も暮れてきたのでここで一泊しようしますが
人里から離れてしまったため他に宿もなく、あばらやに住む貧女に無理を言って泊めてもらいます。
生活が苦しいこと、人生の苦節などを語り、やがて一行に暖を取ってもらおうと
この部屋は覗かないようにと念押しして、薪を採りに出る女。
んな事言われたら、余計見たくなるのが人間ってもん。
従者が覗いてみると腐乱した死体が山積み、部屋中に漂う悪臭。
山伏にその事を伝えると、山伏はココが噂の安達原の鬼の住家だと察知して―
分からないことだらけ。
もし覗き見しなかったら、何も起こらなかったんだろうか?
最初から山伏たちを殺すつもりなら、何で親切にするんだろう?
部屋の中の人達は、何で殺されたんだろう?とか、いろいろ…。
『この部屋の中はご覧にならないで下さい。』
静々と橋掛に向かい一の松のところでピタッと静止。
膝を軽くおとして無言のまま山伏のほうをゆっくり振り返り、見つめる女。
…。
向き直って、そこから揚幕を突き破らんがごとく勢いで一気に駆け抜ける。
何を想ったのだろう?
何に期待したのだろう?
この場面に答えがあるのかな、といつもはここでウンウン唸りながら
自分なりにその日の解釈に辿り着く(大げさなっ!)んだけれども、今日は前半が考え深かった。
『実に世から取り残された人間ほど、悲しいことはあるまい。』
いきなり落胆と絶望を嘆く女。
やがて、自分の人生を恨んでも仕方のないことと言いつつも
過去の美しい思い出を語り、いつまでも続くこの命ゆえの無情さを毎晩泣明かしている、と訴える。
『あら定めなの生涯やな』
…秋葉原の悲しい事件が脳裏を掠める。
覗かれたことを知り、激怒した鬼の姿となる後シテがかける面は「般若」。
頭に生えた二本の角、耳までも届く位に吊り上がった口元から見える牙を持つ恐ろしい形相の面。
でも、目許は泣いていて”悲しみ”や”嫉妬”などの意味もあるんです。
が、今日は鬼にしか見えなかった。
能は、観る者によって印象が変わってくるものです。