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23日月曜日 yが入院した 22日が孫の誕生日だったので おじいちゃんも呼んで 誕生日パーティ 楽しかったようだ この時点で私は 病気に打ち勝っていくと安易な考えをしていたのだった 夕方に孫を保育園に迎えに行き 娘が帰ってくるまで預かる。 とってもお利口さんで パズルしたりトランプしたり 人形遊びしたり 普段 一緒に暮らしてないので 小さい子のパワーには 疲れるが 孫はかわいい ママがお迎え 夕食食べていくと言ったら ごちそうになるわと 疲れているから 早く帰って休みなさい と送り出す 24日 夕方まで連絡ないので あ 今日はお役御免だと 安心していたら 保育園に迎えに行き 娘に頼まれていた孫の食べる惣菜を 帰りに買って 家に行くと yが辛くしてるので個室に入り今日は病院に泊まると 言うので 孫を連れて帰ってきた お利口さんにママはパパの看病でお泊りなんよ おばあちゃんと寝ようね わかっているのか 布団に入り 電気を消すと 小さな背中が震えてる 抱っこして子守歌なんぞ歌ってやる 30分ぐらいそうしてたら 寝息が・・・ 25日朝 一度娘の処へ帰り 保育園の準備 娘から机の上の薬持ってきてくれると頼まれていたので 保育園に送って少し走ったころ 電話 yが悪そうやから 孫連れてきてと 急ぎ保育園にとんぼ返りして パパが具合悪いそうなんで 連れて帰りますと 病院につくと yは 酸素呼吸を していて苦しそう でも孫の名を呼び ・・・・ まだ41歳 ちょうど彼の母親が 乳がんで逝った歳だ 叔母が来てくれて 心強い 斎場に勤めている親友も いろいろ相談にのってくれる 人の死とは あっけないものです お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2018年07月29日 14時03分11秒
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