★ハロウィーンが日本に定着
派手なハロウィーンの演出、でも仕掛け人は大人しいドキさん。パリピと全く真逆にいるドキさんが、どうして仕掛け人になっていったのだろうか?それはドキさんが「チッタ エンタテイメント」という会社に、入社したことから始まる。そもそも、そこはどういう会社かというと、映画館やライブホールなどのエンタメを集めた、複合施設の運営をする会社だった。彼がその会社に入社したのは、音楽好きと映画好きからである。今から21年前の1997年に、チッタグループの映画館が10周年を迎えることとなった。そこで、社運をかけた10周年記念イベントをやることになったのだ。ある日、その時の社長で今の会長である、カリスマ的存在であるコウコさん(創業者の孫娘)から、彼の運命が変わる呼び出しを受けた。呼び出された先は、麻布十番のフグ料理店である。社長に勧められるままフグを食べていると、社長は彼に、「会社の総力を上げて10周年のイベントをやろうと思うのだけど‥」と言われる。「あなたが舵を取るのよ!」と言われ、しかも追い打ちをかけるように、「これは絶対に失敗は出来ないのよ」と釘を押されてしまう。何事も頼み事は全く断れないドキさんが、社長へ言った言葉が面白かった。「‥なるほどですね!」(笑)ドキさんは、そういわざるを得なかったのだ。高級料理店のフグを食べちゃっているし‥断れない性格だし‥。イベントなんて、全くやったことがないのに‥。いきなり10周年を背負えと言われてしまうし‥。本心は「無理です」と言いたかったようなんだが‥。というわけで、10周年イベントの隊長に任命されてしまった。どうするドキさん!社長のコウコさんの要求は、映画館が忙しい時期を避けて秋に開催すること。それから、当時の川崎は工業のイメージで若者がいなかった為、若者が楽しめるイベントにすることであった。ドキさんの苦悩といったら‥もう大変!4月に言われて秋まで後半年しかない中で、さてどうする?そこでハーフのパリピの人からこんな提案が‥。「大人のハロウィーンとか、どうすか?」‥チャライ(汗っ)ドキさんは「ハロウィーンって、子供が飴貰う日じゃないか」と乗り気でなかったから、会長に却下してもらおうと言いにいったら、会長が意に反して、超ノリノリ~。結果、ドキさんの願いは撃沈して、大人のハロウィーンを開催することになったという。試行錯誤しあちこち奔走して開催に間に合わせた日本のハロウィーン。こんな経緯で始まっただなんて、驚きだった。今月末で22回目を迎える日本のハロウィーンは、今年12万人の観客が参加予定だという。元をたどれば、一つの会社の一つの行事。単なる10周年のイベントのはずだったというのに、‥どう化けるか、分からないものである。