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絨毯屋へようこそ  トルコの絨毯屋のお仕事記

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mihri

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2006年11月23日
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カテゴリ:絨毯屋の仕事
お客さまからの問い合わせがあり、久しぶりに民族衣装など取り出してみた。
撮影をして準備ができ次第、ホームページにも載せる予定なのだけど、結構な量があって、まだ撮影が終わらない。
撮影しているものだって、持っているもの全てではない。あくまで売ってもいいと思っているものである。私の方針で、売ることができないものは(個人コレクションは)お見せしないので、それも含めたらえらいことである。

民族衣装は商売用というよりは、自分のためにオリジナルものを集めている。
個人宅からの持込み、村へ行ったときに交渉するなど、販売目的に作られた新しものではなく、実際に使用されてきたものである。
衣類は個人で使われたものであるから、キリムや絨毯と違い、廃棄処分される運命のものが多い。
とくに下着類などは出難いとされてきた。
もしくは花嫁衣裳、婚礼に関連したものが中心になるので、手放さない人もいる。

まあね、いまどきは伝統的な民族ごとの花嫁衣裳を着る花嫁もいなくなったし、必要はないのだけど最後の所有者の女性にとっては、自分の思い出であり、またその母親、祖母も着た花嫁衣装だったりもするし・・・・・・。

縫製を見ると、日本人の感覚でいうと驚くほど雑であるし、衣装自体も保管状態が悪い。
これに関しては毎度思うけど、日本の着物って驚くほど縫製がいいし、保管もよいので、比較したときに、民族衣装の価値に戸惑うこともないことはない。
・・・そうなんだけど、やはり民族的なもの、伝統的なもの、それらの持つ独特の魅力が私をひきつけて放さない。
雑なんだけど、これを着た人の気持ちを考える。その女性の環境を考える。
それが伝わって、今に残ったことを考える。
そして、どういう形で手放されて、私のもとへ来たかを考える。

母から娘へ、親子のことを考える。手放したそれぞれの事情を考える。

また衣装の独特な形、国、地方によっての違い、また共通部分、笑ってしまうほど派手派手な理由、もしくは地味な理由、このパーツの存在の意味、考えながら時間は過ぎる。
使ってある素材を見て、思いいれを知る。もしくは仕事量は素晴らしいのに、どうして素材を選ばなかったのか・・・と嘆く。

今回は売り物のみの掲載になるが、売り物にならない私のコレクションはかなり立派なものであると自負している。自分の収集癖をついついほめたくなる。今どき探して見つかるものではないし、当時は安かったから私でも集められた。今の価格では宝くじがあたったところで何が買えるのか・・・って考えてしまう。

民族衣装は服だけでない。帽子、頭飾り、スカーフ、靴下、靴、アクセサリー、ベルトなどさまざまなパーツの組み合わせである。この先、どういうことになるのかわからないけど、そのうち帽子だけ、靴下だけって展示会もやる機会があるかな・・・・?
そのときは売り物じゃないって前提だから、今まで人に見せていない分、思いっきり自慢して終わりになってしまうのだろうけど。

今日はそんなこんなで衣装の撮影で、店の前に衣装が散乱した。
作業を静観していたハムディおじちゃんなど
「こんな破れて汚れた服は捨ててこい、オレが新しいものを作らせてプレゼントしてあげよう」。

好きな人にとっては見ているだけで面白いものだけど、興味がない人にとってはただの「古着」ってことだよね。しかも手作り手縫いの、よく言えば素朴な、悪く言えばゴミ・・・?。

村の家を周って、片隅に捨ておかれている古いキリムや絨毯、民具を集めていると、価値は別にして、ときどき心の中で「私、ゴミ集めしている」って思ったりしているもの・・・・実は・・・。
それもそれで快感なんだけど・・・ね。







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Last updated  2006年11月24日 02時04分10秒
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