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カテゴリ:小説とは呼べないもの
【漆黒の世界と赤石物語】
(Blackworld and Redstonestory) 『外伝』 ・第三章 4 目の前の小さなコートから突き出た爪が小刻みに痙攣している。 そのコート越しに 「駆除終了」 調教を失敗したボーカロイドのような発音が俺の耳に届くと同時に巨大な鳥とコートから突き出た爪が光と共に空気中に霧散していく。 ターンテーブルにでも乗せられたように目の前の少女は振り返り、オリオン大星雲を内包したような瞳を向ける。 まるで感情が読めない。 しかし、その瞳が数ミクロン単位で開いたかと感じた時 「……予期せぬエラー発生……デバックモード不可」 無機質な声と共に少女はその場に崩れ落ちた。おい、どうした駆け寄り抱き上げた少女はまったく重さを感じられない。糸を切られた操り人形か、ゼンマイが止まったオートマターのようにぐったりした少女は大きかった瞳を閉じ、まったく動かない。 「おい、どうした。大丈夫か」 すこしゆすって見たが、「返事が無い……ただのしかばねのようだ」等と言っている場合じゃないぞ。 俺はまだ名前すら聞いちゃいねぇんだぞ。俺の中で何か熱くてよくわからない感情が湧き上がる。頭で考える事じゃない、ただただ良く解らない感情が体の中心から顔面に向かって凄い圧力で迫ってくる。 ふと、俺の頬に生暖かい感触が一本のスジとして伝わってきた。 それを実感したらもうなんだか解らなくなって、目の前の景色が曇った水槽のようにボヤケテ、頭が真っ白になる。なんだか喉も熱い。息苦しい。 僅かながらに重さを感じる俺の腕中の彼女が先程の巨大鳥と同じように光と共に霧散していく様を何も出来ずにただ見ている俺は、その彼女のお腹の中心にあった赤黒い大きな爪跡を二度と忘れることのない記憶に刻みこんだ。 俺はこの名も知らぬ少女、俺の命を身を挺して救ってくれた彼女のアンティークドールのような白くて透き通った表情を一生忘れないだろう。 抱き上げる物もなく逃げる相手もいなくなった俺は地面に腰を下ろし、木食修行を終え土中入定を決め込んだ即身仏修行中の僧侶のように考えること放棄した。 見つめていても、なんの芸もしない地面が俺に危険を知らせてくれたのは冬に低く光る月光の助けがあってだった。 俺の影が歪に変形する。もちろん俺の体に変形機構など付いていない。何度も言うが俺に特殊な才能とか属性など一切ないぞ。 まぁ単に俺の後ろに他人が立ち、影が重なったただそれだけだ。 そいやサマクさんを忘れていたな、それと里場もどうなったことだろう 振り返った俺は絶句。まさに言葉を失った。 「なんでお前が……」 前言撤回。なんとか声は出たようだ。冬の夜に斜め下から見上げる人物は月を背後に背負い、僅かに微笑みながらこちらを見下ろす。 「……私のIDはハチ」 「それがお前の名前でいいのか、変わった名だな」 「……一意性が確保出来れば問題ない」 相変わらずなボーカロイド音声に安堵しつつ、少しの違和感をこの時に覚えた。 「コート着替えたのか?茶色から黒になっているぞ」 「……穴」 ああ、あの巨大な鳥に開けられたんだったな。お前の方の穴はいいのかよ。 「……修復済み、問題ない」 しかし、なんだこの違和感は。月曜の朝の全体集会で並んでいる低血圧症の女子生徒のように両手をだらりと下げたたたずまいは、あの手紙の少女と同一人物に違いはないが何故か違和感を覚える。同じように冷たい無表情な印象ではあるが、手紙の少女は蒸留水を冷却したような透き通る氷の印象を受けたが、目の前の少女はドライアイスに手を触れたような痛さの伴う冷たさを感じる。 一呼吸おいて、ようやく俺はハチと名乗る少女の横に仰向きで倒れるサマクさんに気づいた。 そして再び視線をハチに移した時、彼女の口元が僅かに釣りあがるのを見て違和感が本物と実感した。 間違いない、この少女は別人だ。姿形はまったく同じ、羽織るフード付きコートが色違いなだけの少女は片手をコートに入れ、笛を取り出した。 木製の横笛だ。悪いが俺の縦笛フェチは小学校の低学年で卒業だ。 下校時間終了後に隣の席からこっそりとソプラノリコーダを取り出して舐める同級生を見て、正直な話真似できんが少し羨ましいと思ったものだ。 彼女の奏でる音色は不思議と心が惹かれる。 しかし、音色と共に訳のわからない生き物が姿を現した時には恐怖の音色にしか聞こえなくなっていた。 赤いライオン程の大きさの犬と先程の化け物と同じ位の大きさの鷲だか鷹だか。 俺は咄嗟に逃げようと立ち上がり振り返り走り出そうと試みたが、先程と同じように空気壁が俺の行方をさえぎる。 「なんなんだ、お前は何者だ」 危機が迫った主人公が口にするベタな台詞が俺の口から恥ずかしくも無く飛び出した。 ああ、こんな時はやはりこんな台詞が出るもんだ等と関心している場合じゃないぞ。 何故だ、why、誰か説明しろよ。責任者を呼べよ。里場はなにやってんだよ。 得意の魔法とやらでなんとかしろよ。 「逃げられない。空間毎隔離している」 「助けは来られない」 くそ、取り敢えず無駄な抵抗でそこら辺りの石を投げつけてみるがまったくの無駄だった。 石ごと俺の体は鳥の羽ばたきによって生じた風に軽々と飛ばされ見えない壁に打ち付けられた。 やはり逃げるしかないのか、鳥と犬と少女の位置を確認し方向を確認して突破を試みようと 足を上げようとしたがまったく動かない。何者かに掴まれたような感じだ。 サイコキネキス?超能力まで使うのかこの無表情少女はと今日何度目かの絶句に陥り 動かない足元へ視線を落としたら、あらビックリ。 本当に足を掴まれてるぜ。ご丁寧に土の中から巨大なモグラが顔を出し、俺の両足を掴んでる。 おいおい、動物奇想天外どころの騒ぎじゃないな。俺に大きな動物と仲良く過ごす趣味はまったくもってない。この役は相葉君に喜んで譲ってしんぜよう。 はぁぁもう駄目だな、流石に打つ手が無い。諦めた俺は見えない空気壁に寄りかかり覚悟を決めた。何気なしにポケットに入れた手に暖かい感触が伝わる。 ああ、里場から預かった訳の解らない包みか。 どれだけ大切な物だったか知らないが、結局俺に託した所でほんの少しだけ奪われずに済んだ時間が延びただけだったな。 恨むなよ里場、こりゃどう考えてもお前の人選ミスだ。 そして再び俺の人生最終章が始まった。 ハチは何処に入っていたのか辞書並みの本を取り出し、開いた中から死刑執行人に相応しい風貌の訳の解らない生き物を生み出した。 おい、そこの名前も知らない生き物君。そんな大きな刃物持っているとお巡りさんに銃砲刀剣類所持等取締法違反で検挙されるぞ。どうみても刃渡り6cmで済まされないだろ。 常識の範囲で正当な理由なくそんな物騒な物持ち歩いてちゃいけないんだ。 最高刑は無期懲役だからな。 まさかキャンプに行く途中とか職業が板前さんで出張料理に出向く途中とか言わないだろうな。例え職業柄必要でも、暗殺者が依頼の途中ですので携帯していますとかはきっと正当な理由とは思ってくれないぞ俺を含めて大抵の人間はな。 まぁそんな忠告は聞くわけも無く、そもそも言葉が通じるかも疑わしい。 「キャン・ユウ・スピーク・ジャパニーズ?」 答えたのは茶色のフードコートの少女だった。 「……この世界言語での意思疎通は難しい」 「……名は……エルフ暗殺者」 はぁ、聞かなきゃ良かった。名前を聞いた途端に暗殺者さんとやらが持っている刃物がとても恐ろしくなる。 うん?ちょっと待て、ハチは何故コートの色が変わっている? 妄想に忙しく気づかなかったが、耳に入る音色はいつの間にか二重奏となっている。 「……何時の間に……」 「……リブート完了」 「……あなたのハッキング情報を逆探知した」 「……もうあなたに勝ち目はない」 黒と茶色のハチが同じ音質のボーカロイド音でステレオ放送している。 「……もう遅い。既に暗殺命令は発動した」 黒ハチの声と同時にエルフ暗殺者の凶器は閃光と共に俺の体を襲った。 一瞬目を閉じた俺が目を再び開けた時、そこに映った光景はエルフ暗殺者の突き出した凶器を素手で受け止める茶色のフードコートの姿だった。 <あとがき> えー、今回でようやく手紙の少女がハチと発覚となりました。 てなわけで、前回の2個目の挿絵はハチとなります。 これで、一家三人衆が登場となり今後の外伝を案内してくれるはずです。 それより先に今回のクライマックスを早く書き上げなきゃw 懲りずに見てくれる人、本当にありがとう御座います。m(_ _)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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