カテゴリ:本
『遠い音』フランシス・イタニ かわうそ亭さんのところで紹介されていたので読みました。 静かに心に染み入るとても良い長編でした。 グローニアは父さんと話したときのことを思い出し、馴れないマットレスの上で、怖いものを声にだしてかぞえあげた。 ここに永久に住まわせないで。 大扉に鍵をかけないで。 わたしを孤児にしないで。 もう一度家に帰らせて。 ここに永久に住まわせないで。 わたしを孤児にしないで。 もう一度家に帰らせて。 指先で脚の横をたたきながら、そうやって呪文をとなえるように繰り返して、恐怖を暗闇のなかに投げ出そうとした。 主人公グローニアは寄宿制のオンタリオ聾唖学校にいくのですが、家族と離れた寮生活が始まったころの夜のシーンです。 私は高校卒業後上京し、大学の寮に入りました。 帰っていく母を見送るとき駅で涙が止まらなくなり、入学式前のまだ人の少ない寮へ一人で帰ったことを思い出します。 私は17歳でした。 グローニアはまだ10歳くらいです。 しかも家族以外の人とは意思を伝え合うすべを十分には持っていないのに。 でもここでもう泣かないと決めてから、彼女は自分の力で生きることを始めます。 グローニアは、家を発つ前の晩、マモといっしょに行った散歩のことを思い出した。ふたりはクインティ湾の岸辺づたいに歩いて、森のはずれに近い岩場に行った。そこにオショーネシー祖父さんのトランクから出した麻袋を担いでいったのだった。〈物事がうまくいかなくなったときに〉 学校の寮の狭いベッドの端に坐って、グローニアはそれを忘れないようにしようと自分に言い聞かせた。 大人になって戦争が終わってから、グローニアはトレスとこの麻袋を持ってトレスの家のわきのクインティ湾の岩場に行きます。 ここで私は涙をこらえることができなくなりました。 「泣いているの」とトレスが言った。「グロー、あなた、泣いているの」トレスは地面から起き上がると、グローニアに手を伸ばして、妹を引き寄せた。 グローニアは、自分の中で何かがもがいているのを、空気の柱が突き上げてくるのを感じた。そして、せわしなく息を吸い込んで胸を波立たせながら、むせび泣きはじめた。塩辛い味がした。自分の涙は塩辛かった。涙で目の前が見えなくなった。 … 「これはマモのため」 〈助けて、わたしを助けて〉 … あらん限りの力をこめて、ソーサーを投げつけた。 それから、なにも言わずに、湾に向かって立ち尽くした。グローニアは片手を上げて、手のひらで涙を拭いた。 「さあ」と彼女は言った。 … 〈悲しみには耐えていくことができる〉 長くなりすぎるので途中省略しました。 印象的なシーンが他にもたくさんあります。 寮から自宅に戻って2度目に家を出て行く時にはグローニアはもう泣かないのです。ここも非常に印象深い場面です。 だが、彼女は涙を流さなかった。その瞬間、彼女が知ったのは、振り返ったときはっきりと悟ったのは、たとえトレスやマモとでさえ、けっして分かち合えないものがあり、けっして理解してもらえないものがあるということだた。 戦争から帰ったジムと駅で再開した時に、グローニアは同じことを思います。 彼が列車から降りてくる前に、彼女はジムの姿を見つけた。眼差しは真摯だったが、年老いていた。〈年老いた目〉 … 彼がどこに行っていたのか、彼女にはけっしてわからないだろうし、彼女がどこにいたのかは、彼にはけっしてわからないだろう。 深く心に染み入る場面です。 隅々まで丁寧に読みたい作品です。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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