「祈願・31」
エラソウに言葉を解説している。祈願は気づきの扉だ、とかいっている・・・祈願しても、しなくても同じだ。生きていければそれでいい。お願いしても叶えちゃくれないと知っている。だが自分の行動とは一致しない。ワシは言行不一致のオッサンだ。行いは、深い意識より浅い意識が優先する。ワシは軽佻浮薄を土台として生きているのだ。ワシは毎日祈願している。この仕事(プロ)になってから毎日。朝起きて、自宅で一回。治療院を開く時、閉じる時の二回。諸々の神様や御師匠達の名前。ご先祖様や氏神さまや縁のある霊達。手を合わせ、般若心経と祝詞を口にする。一日を宜しくお願いしている。一日のお礼をしている。祈願が叶うとは思っていない。成就して欲しくて祈願しているわけじゃない。願っているが、期待していない。癖なのだ。もう15年目だ。祈願と感謝は同じだと思っている。崇高な祈りじゃない。立派な感謝じゃない。遠慮せず、日々の小さな事を何かとお願いする。ワシは根性無しだ。気安めでいい。神様や諸々に祈願しなけりゃ暮らせない。