飢餓海峡
日本版レミゼ。
桐野夏生に出てくる、衝動的に罪を重ねながら生きて行く人を思い出した。
「こういうところに育った人はいったいどういうことを考えるのだろうか。罪の意識を持たない人間が出来上がるのではないだろうか」
そんなことはない。
恐山を怖がり、罪の意識から篤志家となる。
しかし、今度は八重を殺してしまう。
出会ったときは、お互い「与える」ことが出来る者同士だったのに。
人から信じられることがない多吉は、八重より多くを得ても、人を信じることも出来ないままであった。
最後、多吉は、再起を図ったと思う。
誰も信じられないまま、より大きな罪の意識を持ったまま、生きる執念だけを持っている多吉を描きたかったのだと思う。