カテゴリ:御言葉
聖書にこんなたとえ話が載っている。
ある2人の兄弟がいた。ある日その兄弟の弟が父親に「お父さん、私に財産の分け前を下さい」といった。そこで父親は身代をふたりに分けてやった。 弟は、数日後その財産を持って遠い国へ旅立ってしまった。そこで、財産を全て使い果たしてしまった。 そのあと、その国では大飢饉が起こって食べるものがなくなってしまった。弟も食べ物に困り始めてしまった。 そこでその国のある人に身寄りを寄せたが、その人は弟に豚の世話をさせた。だけど、お腹がすいても弟に食べるものは与えてくれなかった。 そこで弟は、我に返って父親の元に帰った。 帰り道。まだ家まで遠かったのに父親は弟を見つけて、走り寄って弟を抱き口付けをした。 弟は言った。「お父さん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。」 ところが父親は、しもべたちに言った。 「急いで、一番良い着物をこの子に着させ、それからこの子に指輪をはめさせ、足に靴をはかせなさい。そして、肥えた講師を引いて来てほふりなさい。食べて祝おうではないか。この息子は、死んでいたのが生き返り、いなくなったのが見つかったのだから。」こうして彼らは祝宴を始めた。 ーつづく・・。(いつかになるかわからないけど・・。)- 今日は、この箇所からのメッセージでした。 父親は神様を指し、弟は私たちを指します。 私は、すごく神様に感動しました。 昨日の日記にも書いたように、私は神様から与えられたものを悩みどん底まで突き落とされていた。本当に神様から離れ続け、神様から与えられていたものをいろいろと自分勝手に使い続けていた。ボロボロだった。そこで気付いたのは、神様から変わらずに注いでくれた愛だった。愛する一人子(イエス様)を十字架まで付けられた神様の愛だった。必ず帰ってくると信じてくれた神様の愛だった。神様ありがとう。 一つの歌詞を一部紹介します。 何度もつぶやいて 何度もそむいて 何度もあなたを悲しませて それなのにあなたは愛するひとりごを 十字架につけまで愛を示された 今 祈りの中私は行きます。 今祈りのなか 私は行きます。 主よ あなたの御前に行きます 罪人の姿で みじめな姿で 御前に行くことをゆるしてください そのままの私を受けとめてください 十字架に示された永遠のあいで 全てささげます もちいてください。 PCJ-Praise ministry-からそのままで主の前により みじめな姿でもいいんだ。 神様が愛してくれる。 主よ 私をもちいて下さい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2005/11/27 11:22:36 PM
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