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カテゴリ:手塚治虫とマンガ同人会
旅立ちの歌 ●第21回 山形まんが展前日 第868回 2006年11月11日 旅立ちの歌21 7月25日はいっそう暑い朝を迎えた。 この日、高校では一学期の終業式だった。井上は汗を流しながら学校に向った。井上の気持ちは緊張していた。そう、この日は終業式が終るとすぐに「山形まんが展」の準備が待っているからだ。 体育館での全員参加による終業式が終ると、みんなはクラスに戻った。体育館の中はゆだるような暑さで、生徒たちが立ち去るとシューズと汗の臭いだけが寂しく残った。 二年三組の教室での話題は、明日からの夏休みのことで持ちきりだった。アルバイトをする者、大阪万国博に行く者などそれぞれが既に夏休みの日程を決めていた。井上は少し緊張して教室に入って来た。すると同級生の江畑が井上に走って来た。 「おい、はじめ!お前やったなあ!?」 と、いきなり江畑が言った。井上は何を?と訊き返した。 「試験の結果だよ。お前の順番が上がったぞ。一桁になった。ラッキーセブンさ!」 江畑は何を言っているんだ、と井上は相手にしなかった。 そこに担任の進藤先生が教室に入って来た。 「みなさん、いよいよ夏休みですね。何事もなくお過ごしください。いいですかあ、何事もなくですぞ」 すまし顔で進藤が言うと、 「よっ、小円遊~っ」 と進藤先生のニックネームを掛け声をする者がいた。教室は笑いに包まれた。 「さあ、みなさんのとても待ちに待った試験の結果を渡します。青木、こら、青木、寝てんじゃないですよ」 進藤は一人ひとりの名前を呼んで成績表を渡した。そして一言生徒に声掛けをするのだった。 井上の順番が来た。 「井上、成績がよかったネ。まんが展も成功するといいですネェ」 進藤は笑顔でやさしく井上の目を見て言った。井上はハイと言って頭をピョコンと下げた。 席に戻り成績表をそっと開けた。成績は七番になっていた。 「出足好調だ」 井上は心の中でそう言った。 「なあ、ラッキーセブンだろう!?」 と後ろから江畑が言った。 その瞬間に井上は、どうして江畑がオレの成績のことを知っているのか不思議に思った。しかし、それよりも成績順番が上がった喜びで、江畑の不可解な行動は気にならなかった。 解散すると、井上と宮崎賢治は生徒会室に向った。そこにはまんが展の作品などを会場に運ぶために部長の田中富行や鈴木和博、生徒会役員の近藤重雄、小山絹代らが集まっていた。 「作品や備品はおれたちに任せて、井上は教育委員会に行って挨拶をして来い。心証をよくしておけ」 と、近藤が言った。会場の米沢市民文化会館は昨年完成したばかりだった。管理は教育委員会だった。管理者の教育委員会や係りの者は使用者側には何かと結構厳しいことを言うと、評判が悪く嫌われたいた。近藤は「まんが展」のポスター掲示のお願いで各中学校を回った経験で、教育者にはまだまだマンガに対して偏見があることを肌で感じていたから、管理者には印象をよくしておくことを注意していたのだった。 米沢市教育委員会は文化会館の脇にあった。井上は昼食の弁当もそこそこに教育委員会の門をくぐった。受付には「山ちゃん」こと山口昭さんは居なかった。受付の小さな窓から髪を七三分けにしたダンディな鈴木さんが顔を出した。 「あの~、米沢漫画研究会の井上です。今日からまんが展で文化会館の三階展示室をお借りします。よろしくお願いします!」 井上は元気に挨拶をした。 鈴木はわざわざ事務所から廊下に出て来た。 「あのネ、井上くんだっけ?何か困ったことがあったら何でも言いなさい。文化会館の係にはぼくからも言っておくからネ。今日は土曜日だから早目にね。明日は日曜日だから月曜日には何とかするからネ」 鈴木はズボンの右手をポケットに入れ、左手で髪を撫でながら、キザっぽく言った。 意外だった。こんなに鈴木さんが親身になってくれることとは思ってもいなかった。 「後で(会場に)行ってみるからネ。じゃあネ」 鈴木はキザっぽく手を振って事務室に消えて行った。 井上は深々と頭を下げて礼を表した。 2006年 7月18日 火曜 記 (文中の敬称を略させていただきました) 旅立ちの歌 ●第21回 山形まんが展前日 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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