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カテゴリ:手塚治虫とマンガ同人会
旅立ちの歌 ●第29回 時代を感じる 第876回 2006年12月9日 旅立ちの歌29 夜になっても暑さは変らなかった。 井上と青木は二階のでんごしに腰を下ろし、夜空を見ていた。傍の蚊取り線香の煙がゆっくりと二人の体を包んでいた。 青木はボブディランやビートルズ、ローリングストーンズなどの音楽が好きだと言った。井上はビートルズ以外は、それがどんな音楽かもわからない。小説や諭評についても高橋和己や埴谷雄高(はにや ゆたか)、吉本隆明などの著書を読んでおり、その教養と社会を見る眼は高校二年生とは思えないものがあった。 青木は上目使いをして話するから、照れ屋で大人しい性格だと思っていた。しかし、井上の印象とは違い、思想や政治に深く関心があり、社会性が強い人であることがわかった。 「アメリカの傀儡国家ニッポンをどう思う?」 と、青木が井上に感想を求めた。 「カイライって、何だあ?」 「つまりアメリカから操られている国です」 井上はこのまんが展に展示してある青木の作品「破滅の時」と「拷門に耐へる歌」を思い出した。 アメリカ大統領ニクソンが日本首相佐藤栄作を操って、ベトナム戦争で多くの人間を殺している内容だった。なるほど、青木のマンガは、日本の高度経済成長はアメリカの仕掛けているベトナム戦争によるものであり、独立国としての自由な国日本が幻想であることを痛切に批判していることがわかった。 大阪万国博で日本中がお祭り騒ぎをしているこの間も、ベトナムでは多くのいのちが失われていることを青木は淡々と述べた。 「青木くんって、すごいね」 同じ高校二年生でも自分とは質が違う。井上は純粋に感心した。 そういえば手塚治虫先生が井上にくれたハガキには「マンガばかり読んでてはダメです。勉強をしっかりしなさい」書かれてあった。青木のように深い教養と思想、そして社会を見る眼を持つことを知らされた。 二階は井上の部屋で八畳二間だった。西側の奥の部屋に布団を二つ敷いて早々と床に就いた。 青木はなかなか眠れないようだった。 「井上くんはマンガ家を目指すの?」 と、井上に訊いた。 「そんなこと考えたことない」 と、井上が答えた。 「それじゃ、なんでマンガを描いているんだ」 「なんでだろうなあ。言いたいことや知らせたいことがあるからかなあ」 「メッセージだね」 「えっ、なに、メッセージって?」 「井上くんの言いたいことや知らせたいことだよ。私もそのために描いている」 井上は「一九七〇年がやってきた!」と感じるのだった。 翌七月二十七日月曜になった。井上と青木は午前五時半には目を覚ましていた。午前六時になると二人は散歩に行った。 井上の自宅の路地を出ると大きな道路を工事中だった。その道路は丁度井上の家の近くから始まって、延々と数キロに渡って南北へと作られていた。そしてその道路の末端には新しい米沢市役所が建設中だった。 二人はこの建設中の市役所を目指して、この工事中の大きな道路を北に向って歩き出した。 朝の澄んだ空気は、涼しく、そして周り一面が田んぼの中に一筋の道が伐られていた。その中を井上は青木とゆったりと歩いた。田んぼや植物の香りがプーンと二人を包んだ。 「青木くんはマンガ家になりだいが?」 と、井上が夕べのお返しのように青木に質問をした。 「ん~ そうだなあ、私はマンガ家になるとかではなく、マンガという媒体に関わっていたい。それが希望かなあ」 「マンガがばい菌かい?」 「……」 「じゃあ、進路はどうする?」 「長井高校は進学校なので本当は大学を目指すんだけど、私はまだ決めていない」 長い長い道路を歩いて行くと、あちこちに工事用の半場が建っていた。この工事は米沢にとっても、住民生活にとっても、大転換することが予想される大きな都市計画だった。 「青木くんと話しをしたら七〇年だなあと思った」 と、井上が言うと、 「なんだい七〇年って?」 と、青木は訊き返した。 「うん、一九七〇年って時代を感じるってこと」 「オレたちなんかに、まんが展なんてよくできたよなあ。いまでも夢のようだ」 と、井上が言った。 「すごいよね。手塚治虫、石森章太郎、赤塚不二夫、藤子不二雄、それに私の好きな宮谷一彦の原画がナマで見られるなんて、本当に夢だよ」 いつの間にか二人は建設中の市役所前に着いた。市役所は七階建てだった。二人は頭を建物の頂上まで上げてみた。その大きさには圧倒された。 何かが動いている。何かが騒いでいる。地の中からエネルギーが湧いてきている。宇宙からもエネルギーが降り注がれている。そしてそれらのエネルギーがぼくらを大きくしている。井上はそんな気がしてきた。そのエネルギーがこの一九七〇年の時代がもたらすものかもしれないと思うのだった。 2006年 8月 5日 土曜 記 (文中の敬称を略させていただきました) 旅立ちの歌 ●第29回 時代を感じる お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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