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カテゴリ:手塚治虫とマンガ同人会
熱い夏の日~山形マンガ少年~ ●第3回 優柔不断 第898回 2007年2月10日 「熱い夏の日~山形マンガ少年~」3 優柔不断 自宅に着くと井上は休むことなく、マンガ原画の荷造りを始めた。 虫プロ商事「コム」編集部から借りてきたプロのマンガ家の原画が二百五十枚。他にも旭丘光志、東映動画から借りてきた原画を返却しなければならない。 井上は原画を一枚ずつ丁寧に点検した。そして作者毎に封筒を入れ直した。この封筒もプロダクション毎にデザインやロゴマークが入っており、それはプロのマンガ家とは個人でコツコツと描いているのではなく、会社組織で動いていることを感じさせるのに十分だった。 封筒はさらに大きい油紙で包み、大きな小包用の丈夫な紙(紙の中に糸が入っている)で包む、そして太い小包用糸で数ヶ所を縦横に結んだ。 再び自転車に乗り、立町にある米沢郵便局に向かった。原画は書留小包で送る。局員は住所を見て、東京都目白なら明後日か、三日後には確実に届くという。 自宅に帰るころになると珍しく風が吹いていた。夕日は陽炎のようにきれいに揺れていた。 井上は夕日を見ると、しばらく美智江の言葉を思い出していた。 「はじめくんは何をしたいの? 絵が描きたくないの?マンガを描きたくないの? そのための美術部でしょ!漫画研究会でしょ?違う? はじめくんは役員とかまとめ役は合わないからね。 もっと自分の描きたいことをどんどんすればいいのよ」 「的を得ている」 井上は自転車にまたがるとポツンと言った。 「オレって何をしたいんだろう? いつも、周りを気にして、その勢いにおされて、 自分のしたいことがどこかに飛んでしまい、別なことで日の目を浴びている」 そんな自分がこれからぐらこん山形支部長なってできるのだろうか? 忙しさと有頂天になっている自分に対して、不安が襲ってきた。 夕食が終ってしばらくすると、酒田の村上彰司から電話が掛かってきた。 「井上くん、予定通りに原画は送ってくれたかい?」 「夕方になりましたが送りました。遅くても四日後には届くそうです」 「ありがとう。ボクは31日には上京してお礼を言ってくるからね」 「コムにですか?」 「そう、石井編集長にね。井上くんも一緒に行くかい?」 「まだいろいろやり残しているんで……」 「そうだね、たかはしセンセイも誘ったけどふられたよ(笑)」 村上は今年になってこれで通算四度目の上京になろうとしている。まもなく三重県四日市に転勤になるから、私生活でも本当は忙しいはずだ。なんと律儀な人だろうと井上はあらためて村上を尊敬した。 一方で井上も上京したいのが本音だった。井上には不安が先にあった。ぐらこん山形支部長を勢いで引き受けたものの、できれば美智江がいうようにマンガを描きたい。ぐらこんなんて、どう運営したらいいのかわからないから、石井編集長や村上らに相談したかったのだ。 でも、経済的に二回目の上京はたいへんだったから、断らざる得なかった。 茶の間の畳に寝っころがって扇風機の風をあびながら、つくづく自分の優柔不断な性格に嫌気がさしてきた。 また電話が鳴った。今度は先輩で生徒会副会長の近藤重雄からだった。 「井上、疲れていないか?あのな、明日、高畠町に行こう。 びる沢湖でボートに乗ろう!な? 小山絹代と仲山まさよしを誘ってある。 たまに気晴らししような」 そう言って近藤は電話を切った。 夜空には星もなく曇ってムンムンする蒸し暑い夜だった。夕日がきれいだったのがウソのような天候になってきた。 2006年 9月 3日 日曜 記 (文中の敬称を略させていただきました) >熱い夏の日~山形マンガ少年~ ●第3回 優柔不断 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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