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カテゴリ:手塚治虫とマンガ同人会
~山形マンガ少年~ 第三部 『熱い夏の日』 ●第7回 素質開眼 その1 第903回 2007年3月9日 井上のマンガはしばらく教室の後ろ壁に掲示されていた。 英語の時間だった。 「これから単語テストをします。いいですか、前回までに学習したものだから決してむずかしくありません。気軽に受けてください」 「ええ~っ」 生徒たちが声を上げた。 教師の黒澤志郎が問題用紙を配った。 黒澤は白髪交じりのごま塩頭で黒ぶちのメガネを掛けていた。痩せていて、骸骨が動いているようだった。生徒がどうのこうのというより、常にマイペースだった。不思議に生徒たちも大人しくしていた。突然の豆テストに対しても声は上げるが、生徒たちは「黒澤先生だからなあ……」仕方がないと言って素直に従うのだった。 テストは静かに行われた。黒澤は静かに骸骨が歩くように生徒の机の間を通るのだった。 黒澤は教室の後ろに行くと井上のマンガに気付いた。何枚かのマンガをジッと眺めていた。ずいぶん時間が経った。それでも動かないでマンガを鑑賞していた。生徒たちが次から次へとテストが終っていった。黒澤は背を向けて動かないので、生徒たちは隣同士で話をはじめた。 「みんな、少し静かにしなさいよ!」 級長の色摩美子が言った。その声にハッと我に返ったように黒澤が振り向いた。 「この絵を描いたのは誰かね?」 と、黒澤がみんなに訊いた。誰かが「井上だよ」と答えた。 すると黒澤は井上の傍に行った。 「あなたの絵はすばらしいねえ。あなたがこんな絵を描くとは思いもしなかった」 井上は黙って顔を下げていた。 「マズイ……」 一瞬そう思った。このマンガには黒澤先生もモデルになって登場していたからだ。 「黒澤先生、どうもすいません!」 井上は椅子に腰掛けたまま謝った。 「どうかしましたか?」 「黒澤先生も(マンガに)登場させました」 「よく描けていました。そっくりです。ありがとう」 黒澤がやさしく言った。 「あれだけ描けるのなら絵の勉強をして画家になったらどうですか?」 「が・か?」 「私の弟は画家です。弟も小さい時からよく絵を描いていたものです。あなたも絵が好きなら将来は画家になればいい」 井上は顔を上げて黒澤の顔を見た。そして井上は訊きなおした。 「黒澤先生の弟さんは画家なんですか?」 「そうです。画家です。好きなことを職業にすることはとても大切なことです」 「なんでだべ(どうしてですか)?」 「人は生まれた時からいろんな環境に束縛されているもんなんです。 私の青春時代は戦争だったり、米屋の息子は跡を継がなければならなかったり、 多くの人はそういうもんだと受け止めたり、あきらめたりします。」 「……」 「でも、決まった職業がなかったり、食べられない家の子どもは自分で仕事を開拓していくしかないのです。 その時に好きなことがあって、それを追求していけば職業になるかもしれないじゃないですか。あなたは親の仕事を継がなければなりませんか?」 「いいえ…」 「だったら好きな道に進みなさい。あなたは絵描きの素質があるかもしれませんよ」 校内にチャイムが鳴り響いた。 (文中の敬称を略させていただきました) >~山形マンガ少年~ 第三部『熱い夏の日』 ●第7回 素質開眼 その1 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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