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カテゴリ:心のつぶやき・会えなかったわが子へ
2回目の流産後、
以前住んでいた街で知り合った、不妊治療の技師をしている友人にメールを送った。 「不妊症と不育症は違うと分かっているけど、どこかいい病院とか情報持ってない?」 との問いかけに、 「まだ2回だけだから、色々検査されて疲れるより、次の妊娠を望んだほうがいいのでは?」 という返事。 私は母が膠原病(SLE)で、この病気は流産が多いと知っている。 膠原病は遺伝しない事も知っているけど、何らかの体質は受け継いでいるだろうから、 2回目で早いかもしれないけど、きちんと検査を受けておきたいと説明した。 「あとで電話するよ。」 夕方携帯電話が鳴った。 友人は一緒に仕事をしている医師からの不育症(習慣流産)情報を一通り説明してくれたあと、 「実はさ~、うちのお母さんも膠原病なんだよね。SLEではないんだけどさ。」 友人はぽつりと言った。 「・・・え??」 私は次の言葉が出てこなかった。 今まで膠原病の患者さんやご家族になんて出会った事なかったから。 だから今まで独りで考えて、独りで何とかしてきた。 あまり長く話さずに電話を切った。 電話を切った後、自分の感情を抑えきれずにメールを送った。 「今までお互い大変だったね。でも、もし神様がいるとしたら、 私は○○ちゃんに会わせてくれた事を感謝したい。」 「今までこんなに気持ちを分かってくれる人なんていなかったから、 これから出かけなきゃいけないのに泣いちゃったよ。」友人からはそんな返事が返ってきた。 私も大泣きしながらメールを送り続けた。 この友人の近くで暮らしていたのは2年間ほどだったが、お母さんの話はした事がない。 ただ、私も友人も親元から離れた所で就職・生活しているので、自分の状況と重ね合わせ、 何か状況が似ているなぁ、何かあるのかなぁ。とは感じていた。 しかし、まさかこんなに近くにいる友人が、同じ様な思いをしていたなんて思いもよらなかった。 私が流産して、友人に連絡をしなければ、全く分からなかった事。 子供達が「かーさん、もう独りで考え込まなくてもいいんだよ。」と導いてくれたんだな。 今はそう思っている。 この友人とはその後もさほど親しくなるわけでもなく、以前と同じようなペースでメールの交換をしている。 たまに私が「膠原病の検査してきた。」とか「おかーさんが躁でしゃべりっぱなしでさ~。」 と愚痴ることはあっても、友人から膠原病の話をしてくることはない。 「私も自分の身体に不安は感じるけど、お母さんと同じような状況になるって解るのが怖いから、今は目を塞ぎ、耳を閉じている。」友人はそう言っていた。 この気持ちはとてもよく解る。 だから、あえてあまり聞かないようにしている。 何か困った事があった時、私がいる事を思い出してくれればそれでいい。 この友人は『友達』というより『同士』という感じがする。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年01月25日 10時12分13秒
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