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カテゴリ:体のこと
最近、メンタル面が不調のままちんです。 昨夜、会社で図面書きをしていた旦那と PCでメッセの遣り取りをしていました。 そのときに、私の体調や病気の話になったんです。 どっちつかずだよねって。 医学上の見解では私は健常者、法のもとでもそう。 でも世間は障害者として私を見る。 実際問題として、会話や食事に支障をきたしているのに、 私は障害者手帳の交付対象外。 買い物に行って、何かを頼もうとすると 「はい?」とか、「え?何ですか?」と言われる。 何度も言葉を変えてお願いするけど、 相手が鈍い場合は筆談になってしまう。 だからできるだけ外出先で話をしないで済むように 旦那に任せてしまっているんです。 つらいですよ、かなり。 ひどい相手になると、 「なんだ、障害者か。で?なに?」 なんて横柄な態度をとることもある。 そこで喧嘩してもつまらないので、 そのまま店をでてしまうんですけどね。 ちょっと話がそれますが。 某アニメ映画の主人公の女性の言葉で とても共感できるものがあるんです。 「人間が人間であるための部品が 決して少なくないように 自分が自分であるためには 驚くほど多くのモノが必要なの。 他人を隔てるための顔、それと意識しない声、 目覚めのときに見つめる手、幼かった頃の記憶、未来の予感。 それだけじゃないわ。 私の電脳がアクセスできる膨大な情報やネットの広がり。 それら全てが私の一部であり、私という意識そのものを生み出し、 そして同時に私をある限界に制約し続ける…。」 この主人公の女性は、幼少の頃に事故で身体を失い、 義体(義手とかの身体バージョンね。)と 電脳(どう説明したらいいのか…。)を手に入れるんです。 小さい頃からネットにアクセスすることができ、 成人したときには特Aクラスのハッカーになっている、という設定なんです。 身体の一部を失って、多くのものをなくしました。 親友だと思っていたヒトから浴びせられたつめたい言葉、 義理の姉妹のさげすむような視線、 子供と手をつなぎ外をあるいているだけで 何故か罵声を浴びせるヒト…。 「障害者の癖に子供なんか生んでるんじゃねえよ。」 聞こえよがしに大声で指を指しながら言う学生…。 そんなヒトばかりではないのも判ってはいます。 でもね。 他人は私を障害者と制約し、 法は健常者とみなし…。 働きたくて電話で求人先に問い合わせると 「ああ、うちは障害者は雇ってないから。」 とか 「年金泥棒なんかいらねえよ。」 なんていわれることもしばしば…。 きっと本当に手帳を交付されていれば 諦めがつくんでしょうけど…。 私はどっちなの? どっちでもないの? 自問自答を繰り返してます…。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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