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テーマ:本のある暮らし(3316)
カテゴリ:本
ピアニストになりたい! 19世紀もうひとつの音楽史
岡田暁生 平成20年度芸術選奨 芸術選奨文部科学大臣新人賞の評論部門で著者が受賞されたということで興味を持った。昨年10月の初版ながらピアノ弾く人からこの本について話題に出たことがなかったので疑問に思ったが、かなり辛辣な口調で表現されている所もあり、古い頭のピアノの先生には死活問題にかかわるので避けたくなるだろう。 「ピアノほど筋トレ的な訓練が学習の絶対条件と信じられている楽器は、他に例がない」いかに筋肉強化するかその技術と筋肉増曲器具を用いた練習の歴史がこの本には綴られている 著者は、「ピアノとの日常的な付き合いの中で、人々が未来永劫の真理と思い込んでいるものの奥は、実は近代ヨーロッパという工業化社会の価値観が作り出した教条にすぎない~19世紀型の音楽思考回路を何とか相対化し克服しようとすること」を試みている。 以前から疑問に思っていた指の訓練や練習曲の取り扱いについて、この本を読んで、うすうすは感じていたものの、具体的な資料をこうも並べられると、辛辣な言葉にやっぱりとうなずき、笑ってしまう。筋肉増曲器具を見ていると、ローテンブルグの「中世犯罪博物館」に陳列されていた拷問器具を思い出してしまう。今日でも指を鍛えるための器具なるものが売られているが、どんなに「これを使えばあなたも~」とダイエット食品にも似た効果絶大のうたい文句を掲げられても、自分で使ってみたとも、生徒さんに使わせてみたいとも思わない。習熟せずに生徒さんに使って手を痛め訴えられた先生がいたという話を聞いたことがある。。 18世紀には現在のような練習曲というのは存在せず、この時代には楽器を習熟することは、同時に作曲法を身につけ、様々な装飾法のルールに通じ、さらには即興演奏ができるようになることと同義であった。指先の技術だけを、それも「速度」「強度」「大量の音符の処理能力」だけに限定して、集中的にマスターさせるということが始まったのは19世紀に入ってからのことだそうだ。 音楽学校の記述も興味深い。パリ音楽院には当初ピアノ科がなかったらしい。オペラ座の専門スタッフ(歌手、オーケストラ奏者、作曲家、伴奏者等)の育成を主目的としていたので、ピアノは作曲の勉強の一部の以上のものではなく、ピアノ科ができた当初も歌手の伴奏者を育成するために設立されたそうだ。 内容の大半は著者が言うように「19世紀型の音楽思考回路を何とか相対化し克服しようとする」内容なので、ローテンブルグの「中世犯罪博物館」状態だが、第1章と付録は必見。 特に第1章「よい演奏」とは何か~の中のツェルニーが教える「正しい朗読法」虎の巻 演奏とは朗読であり、明快な演奏であることがよい演奏である。 分かりやすい明確な演奏、こそまず大切なことだと日頃感じていたことで、共感する。 ツェルニーは「ピアノのマニュアル・オタク」だったらしく、アゴーギグの演奏のし方などの詳細な説明がある。練習曲で有名なツェルニーだが、具体的な曲より、この解説の方がずっと価値がある。この説明なしに指だけ動かしていても何の役にもたたないのに、ずいぶん役にたたないことに時間を多く費やしてしまったものだ。テクニックの教本『演奏について』は注釈にはドイツ語の資料しか記されていないので、翻訳は出ていないのだろう。練習曲よりこっちの方がもっと出回るべきだと思うのに!! 付録ピアノはどんな手で弾かれてきたのか~も必見。 正しい手の形、奏法の対立するいくつかの流儀が整理されている。 今日、ロシアン奏法やTaubman methodなど日本にいても少しながら情報は入ってくるが、まだまだ自然な奏法について体系的に教わることができる場所が少ないのは残念なことだ。 自分自身の中の染み付いた「19世紀型の音楽思考回路」が何であるかをを整理し、「相対化し克服する』ためにも、また、生徒さんから産業発達の機械的、軍隊式的19世紀の音楽思考回路のピアノ教師と言われないためにも必読書! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009.03.23 10:36:37
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