いじめと差別
朝、一枚の紙を渡された。「思いを伝えたい人へ」と書かれた学校のプリント。いじめや差別のことについて、息子が書いていた。人は人と支え合って生きている・・・・自分はいじめや差別とは無縁である。一番そばにいる人に感謝している。というような内容の書いた紙であった。(中身省略)思いを伝えたい人=一番そばにいる人=私日頃、多くを語らない息子だけれどこのようなポジションに私を選んでくれたことは嬉しく思った。私からのコメントを書かなければいけなかったので朝の短い時間、下書きをした。彼のメッセージは短いけれど、たった一言言えることは ありがとうだった。人は人としてこの世に生を受けたときから「生きる」という使命を与えられているのはみんな同じ。おぎゃーと生まれた時は、みんな人に愛される為に生まれてくるといっても過言ではない。しかし、人はそれぞれ違う人生を歩んでいく。いろんな環境のもと育っていく。違って当たり前。いじめや差別があるのは、自分と人とを比べるから。人と違って当たり前と思えば、そいうのはなくなるんじゃないかな。親はとにかく人と比べたがる「○○ちゃんは、こんなにできるのに、なんであなたはできないの?」そんな言葉を浴びさせられたら、自分に自身が持てなくなって、その比べられた子をいじめたくなる。「あの子は、○○だからあまり遊んじゃだめよ。」と言われれば、他の人とは違う目でその子のことを見てしまう目を持ち、それが差別を引き起こしかねないこともある。自分を愛し自分に自身を持てば、人がどうなんてどうでもいいこと。人よりできないことがあれば、「どうやったらできるか考えてみようか?」子供に自信を持たすことが親の役目なんじゃないかと思う。いじめはなくならないとよく言われる。けれど、大人が腐っていたら子供も腐ってしまって当たり前。今一度、自分はいじめや差別をするような言葉をかけていないか、大人も自分を見つめ直す必要があるのかもしれない。子は親の鏡である。明るい未来の為に、子供たちには、差別やいじめのない社会を築いていって欲しい。。子どもが育つ魔法の言葉for the Heart PHP文庫 / D.l.ノルト著 【文庫】今日もありがとう。