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テーマ:ただ思うこと・・・(560)
カテゴリ:生活
8月もそろそろ終わり…。
うまく言い伝えられそうもなかった、スッキリしない気持ちを、新聞の記事から、また一つ、糸口を見つけた気持ちになる。 歴史自体が、個人的な感情に偏ってしまってはならない。 しかし、平和な生活への願いは、人々の心に宿る。 語らなかった人たちも、今、徐々に執筆したり、口を開き始めている。 伝えなければ。。。と、まずは、そう感じたから、残すことに努めるそうだ。 個々の感情も、やはり、歴史の中で受けた傷なのは確かだと思う。 さて、語り終えたところで、如何に教育として残すかは、今後の課題なのかも。。。 人類の歴史の汚点について、検証することは、二度と戦争をしないことへの誓いになるようだ。 ------------------------- 8月23日付・編集手帳 主人公オスカルは3歳の誕生日を境に、みずからの意思で肉体の成長を止めた。身長94センチ、幼児の姿で生きていく。ドイツのノーベル賞作家、ギュンター・グラス氏(78)の「ブリキの太鼓」である。 オスカルは題名にあるブリキ製の太鼓をいつも携えている。彼にとってはリズムを奏でる普通の楽器ではない。記憶の底から過去を紡ぎ出す道具である。太鼓を叩(たた)きながら遠い日の出来事が語られていく。 作中人物ならぬ作者グラス氏の打ち鳴らした太鼓の音色が、ドイツ国内に複雑な波紋を広げている。第2次大戦末期、ナチス・ドイツの武装親衛隊に入隊していた事実を告白した。17歳のころという。 これまでナチス・ドイツの過去と真摯(しんし)に真向かうことを国民に訴えかけるなど、「戦後ドイツの良心」とも、「倫理的支柱」とも言われてきた代表的文化人の知られざる経歴に、人々が受けた衝撃は深い。 「恥辱が私の後半生のシミになっていた…」。グラス氏は罪悪感にさいなまれつづけた心情の一端を吐露しているが、ドイツ国内の論調は“遅すぎた告白”を厳しく批判する声が大多数であるという。 オスカルは誇らかに語った。「僕の精神は誕生時に完成していた」と。生身の人間とはいつの世も未完成の心を抱き、一生を煩悶(はんもん)と悔恨の海で泳ぎつづける哀(かな)しい存在であるらしい。 (2006年8月23日2時18分 読売新聞) -------------------------- いつも実直で寡黙。(目上の方に失礼だけど、)冷静で温厚。 そんな、ご年配の重役さん、普段、言葉を交したことも無かった人。 重みを、どこか感じさせてくれた人でした。 そんなこんなの、ちょっとした雑談のとき、 “中国人は、爪磨きが上手いよ。水虫なんかも治るほどだったよ。。。” まさか、ご高齢の方が、フットケア?!と、驚いた瞬間。 ご友人の方が、 “戦争で満州へ行っていた頃さ。。。。。。。。” お二人とも、私が、?の状態になったので、口をつぐんでしまいました。 ただ、それだけのことだけ、ど。。。すごいことなんです。。。 戦争に行った人は、心に傷を負って、隠しているんです。人に言えないような。 侵略を受けた国の人も。。。 でも、世代を担う若者たちは、どうしてこんな状況に陥ってしまったのかを見極めて、二度と、過ちがないようにすればいいのです。 簡単そうで、難しい。でも、知っておかなくては。。。 非難でもない、まともな歴史認識の教育を見出さなくては、だめでしょうね。 * “アンネの日記”を数多くの児童は知ってます。 アウシュヴィッツが世界遺産であることを、知っている児童もいます。 ドイツの学生が、かつて収容者だった案内人に真剣に、解説を聞いてました。 * お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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