ナポリ、Hotel Mediterraneoで大立ち回り
アマルフィからのバスはナポリの街中をとおって、駅に着く。駅と街の中心はかなり離れている。どうせなら、駅で降りずに街中の観光に便利な場所でおりて、バス停の近くで泊まれる適当なホテルを探したほうがよさそうだ。日本で地図と首っぴきで調べたところ、あったあった。バス停からすぐの場所にHotel Mediterraneo。その前の年までは3つ星だったが、改装して4つ星になったらしい。その分値段は1年でぐっと上がった(ツインで181ユーロ)ようだが、まあ快適で便利ならいいだろう。アマルフィからの長距離バスに乗るときに、運転手におりたい停留所の名前を見せて、着いたら教えてもらうように頼む。忘れてしまうこともあるから、到着時間を書いたメモを手に、その時間に近くなってきたら、運ちゃんにさかんにガンを飛ばす。そのかいあって、無事に目指す街中の停留所でおりることができた。荷物を引きずってホテルに入ったのがだいたい午後3時ぐらいだったと思う。Hotel Mediterraneoはロビーはわりあい豪華だった。ポーターについてエレベータにのり、部屋のある階でおりたところで、足がとまった。なんと、エレベータの前の絨毯をとめている金具が床から飛び出している。絨毯をはがす途中のようだ。廊下も暗い。そして外からものすごい工事音が聞こえてくる。「この音は何?」「今外壁を工事してるから」そうか、まだ改装が終わっていないのか。だが、部屋は改装されているものと、このときは信じ込んでいた。通された部屋に入って、言葉を失った。ボロくて暗い。バスルームは蛇口がさびついていて、水が垂れたあとがタイルに残っている。気になるベッドは…? 大丈夫だった。アマルフィのターボラ・ベッドのようなことはなかった。だが部屋は明らかに改装などされていない。とても181ユーロとは思えない。その前の年までは、このホテル、たしかツインで130ユーロか150ユーロぐらいだったはずだ。そのぐらいのプライスなら、まあバスルームはひどくても我慢できたかもしれない。街中で便利な場所にあるホテルなのだ。うんざりしながら、フロントに電話する。「この部屋は好きじゃない。別の部屋を見せてほしい」すると答えたのは中年の男性の声だった。「お客様、今日は予約がいっぱいで…」出た! お決まりの台詞。予約がいっぱいったって、Mizumizuだって予約している。それにまだ午後3時だ。全部の部屋がすでにチェックインすませているはずはないだろう。「まだ空いている部屋があったら、ちょっと見せてほしい」再度粘ると、「ポーターを行かせる」とのこと。さっきのポーターがすぐきて、別の部屋に案内してくれる。ところが!その部屋はさっきの部屋に輪をかけてひどい。バスルームのボロさはさらにグレードがあがっていて、とても足を踏み入れる気になれない。さらに、窓のすぐ外で「キーン」と工事をしている音が響いてくる。こんな部屋、お客を泊められるワケないじゃん!プンプンしながら、元の部屋に戻る。「ま、しょうがないんじゃないの」と連れの母は諦めムードだ。ナポリには2泊するが、明日はホテルを替える予定だ。だから我慢してもいいといえばいいのだが、「改装した」から値段をバーンと上げたのに、その「改装後」の値段で「改装前」の部屋に通すとは、ちょっと… いや、全然、納得いかない。それで、電話ではなく、フロントへ直接談判に出かけることにした。母には、「こちらが文句言っているときに、絶対に笑ってはダメ」だと厳命して。日本人の態度というのは、外国でみるとかなり変だ。クレームしているのに、自信なげで、見ようによっては相手の機嫌をとっているようにさえ見えことがある。あるいは、文句を言っているのか単に意見を表明してるのかわからない。あるいは、相手からかなり失礼なことをされていても、変にニコニコしている。不満があるときは、それがきちんと相手に伝わるように話さなくてはダメだ。そうでなければ、こちらが怒っていることが相手にちゃんと伝わらない。「雰囲気で察してくれる」ということは、ヨーロッパでは相手に期待しないほうがいい。フロントに乗り込んで、電話のおじさんにきつい声で抗議する。「私は改装したということで、このホテルを予約した。去年と比べてプライスは劇的にあがっている。それなのに、私の部屋は古くて汚い。改装した部屋にかえてほしい」フロントのおじさんの容貌は、なんというか、今亀田問題でやたらテレビに出てるボクシングジムの金平会長をナポリターノ(ナポリの人)風に濃くしたような感じ。「改装は1階ずつやっていくから、まだ終わっていない。改装した部屋は少なくて、もう予約がいっぱいで…」「私もずっと前から予約をしている。なぜ改装した部屋でないのか説明してほしい」「彼らはみんな、あなたより早く予約していたので…」(ホント、適当なことを次々言ってくれるよ)「私はインターネットできれいな部屋をみて予約したんだけど、実際の部屋はまったく違う。とても変だと思う。改装した部屋があいているならかえてほしい」「いや、すでに全員チェックインしていて…」手ごわいオッサンだ。改装した部屋がいくつあるのか知らないが、午後3時ですべてチェックインずみとは、ちょっと信じられない。そこに、電話が鳴った。ほかにスタッフがいるのに、ナポリターノ金平のおっさんが、「ちょっと待って」とわざわざ電話に出る。こんどはこちらを待たせてウンザリさせる作戦か?(笑)。「なんなのよ! 話してるのに、もう!」日本語で横の母に話しかけた。そのとき――「どうしたんですか~?」後ろから日本人のおじさんの声。ふりむくと、ビジネスマン風のおじさんが一人で立って心配そうにこちらをのぞきこんでいる。まあ、フロントで身振り手振りよろしく大声でまくしたててるのだから相当目立っていただろう。もちろん、目立つことが重要だ。こうしたホテルはトラブルが起こっている、というのを他人に見られるのを嫌う。誰だってホテルに入ったとたん、フロントでケンカしてる人の姿を見たら、「このホテル、よくないの?」と警戒するだろう。話しかけられたのをこれ幸いと、Mizumizuはホテルの部屋のボロさと値段の不当さを、さらに大声で日本語でまくしたてた。「ひどいホテルですよぉ! 予約してたのに、改装中の階の汚い部屋に通したんですよ。そちらはお部屋、どうでしたぁ?」「う~ん、まあ、きれいじゃないけど、シングルで9000円だから、安いし…」「私たちは、181ユーロも払ったんですよ! 安くないですよ。改装した部屋もあるのに、『いっぱい』とか言うんですよ。差別ですよ、差別! 日本人を差別してるんです! だいたい、こういうことって多いんですよ。日本人はおとなしいから…」フロントデスクの向こうをちらっと見ると、ナポリターノ金平は受話器を耳から少し離して、凍りついたようにこちらを見ている。悪い評判を立てられては困るというような顔だ。そして、ナポリターノ金平は、急に電話をおいて、「すいません」と、私がしゃべっているのをさえぎって、こちらに声をかけてきた。こっちが話してるのをさえぎって勝手に自分で電話に出たくせに、こっちが別の人としゃべりだしたらこの態度だ。「改装した部屋はないけど、眺めのいい部屋が1つ空いている。そこを案内させるから」どうやら、日本人のおじさん相手に、大声で悪口を言いふらしてる姿が相当効いたようだ。いい加減なようでいて、実はけっこう計算高い。イタリア人というのはそういうところがある。たとえば、彼らはよくお釣を間違える。だが、自分たちに不利なような間違え方(つまり、お釣を多くよこすこと)は決してしない。「今の部屋よりよければいい」と、Mizumizu。「じゃ、ポーターを」また同じポーターが呼ばれ、「眺めのいい部屋」に案内してくれた。ポーターがドアを開けてくれて、入ってみると…おお! なかなかいいじゃないの!角部屋だからなのか、明るいし、さっきの部屋より心なしか広い気がする。窓から港とベスビオ火山がバッチリ見える。額縁に入った風景画のようで、美しい。やっぱり、あるんじゃないの。「もっといい部屋」が。それなのに、最初はわざわざ、「さらに汚い部屋」を見せて諦めさせようなんて、敵ながら(敵だっけ?)あっぱれだよ、ナポリターノ金平君。この角部屋は誰のために空けておいたのだろう? Mizumizuたちよりウルサそうな、白人の宿泊客のため? こういうことがあると「ホテルの予約」というのも考えてしまう。ヨーロッパでは、よっぽどのシーズンでないかぎり、空室がないということはない。直接行って泊まるなら、決める前に部屋を見せてもらえる(日本では嫌がられるが、イタリアでは全然オッケーだ)。だから値段と実際の部屋を見比べることもできる。4つ星ぐらいまでだったら、この方法のがハズレがないかもしれない。ネットでみるきれいな部屋を信じて予約をしてしまったら、変な部屋に通されても(それが故意であれ、偶然であれ、仕方がないことであれ)、かえることができないこともある。部屋でちょっと休んだ後、さっそくナポリ見学に出かけた。フロントにはまだナポリターノ金平がいた。「部屋はずっといい。ありがとう」とお礼を述べて、鍵を預ける。「どういたしまして。ありがとう」したたかなナポリターノ金平も何事もなかったかのように、鍵を受け取った。日本に帰ってから「アップル」というホテル業者のサイトで、このホテルのユーザーレビューを開いてみたら、なんと! Mizumizuと同じ目に遭った男性の投稿が載っていた。「改装された部屋のキーはカード式。改装されていない部屋のキーはじゃらじゃら重い古い鍵。古い部屋に通され憤慨した。朝食のときに見たら、白人はほとんどカード式の鍵をもっていて、じゃらじゃら錘のさがった鍵をもっているのは日本人ばかりだった。チェックインのときに渡される鍵に注意」とあった。やっぱりそういうことか。とんだ「日本人冷遇ホテル」だったわけだ。先にこれを読んでおくべきだったなぁ。さらに、その後、「ホテルは改装が終わって全部カード式の鍵になりました。ご安心を」という投稿があった。たった今、このホテルの情報をみたら、ルネッサンスホテルグループに買収されたらしい。さらに値段は269ユーロになっていた(!)。そして、アップルからはエントリーが消えていた。269ユーロねぇ… あのホテルは確かに街中にあって便利だが、駅から行くには遠い。朝食のときは屋上のテラスで食べるので、それなりに雰囲気はある(だが、けっこう道路の音がうるさい)。高層階の角部屋からはベスビオ火山が見えて風光明媚だが、そういう部屋はわずかで、あとはそれほど部屋も広くないし、眺めもない。いくら内装をきれいにしたといっても、269ユーロじゃ、今のレートだと43,000円!。それじゃとても泊まる気にはなれない。ちなみにMizumizuがカード決済で払った日本円は20,996円。あのときは、「こんなホテル、それでも高いよ」と思ったのだが。ナポリではまずはケーブルカーに乗ってヴォメオの丘へ。サン・マルティーノ博物館を訪ねる。広い館内は喧騒の「下界」とは別世界の静寂に包まれていた。ナポリは下町にも見所はいっぱいだ。写真はサンタ・キアーラ教会の回廊。さすがに、フレスコ画の風格は南ドイツの田舎の村のチンケ(失礼!)な壁画とレベルが違う。ヴォールト天井までびっしりと装飾が施されている。さすが、ギリシア時代から2000年の長きにわたり、ヨーロッパ列強のさまざまな権力に愛された街だけのことはある。これまでなんだって、南ドイツのチンケな(失礼!)壁画を一生懸命写真に撮っていたんだろう、とちょっとガックリする。イタリアの文化レベルは、その歴史の長さにおいても、量や質においても、やはりアルプスの北とは違う。