私的モンパルナス散歩
モンマルトルも独特の匂いのようなもののある街で魅力的なのだが、モンパルナスも別の意味で個性的な匂いのする街だ。モンパルナスが好きな最大の理由は、グローバル化された観光の街になっていないこと。モンマルトルのテルトル広場で観光客相手に似顔絵を描いているのは画家の卵ではなく、単なるアルバイトだ。芸術家の街・モンマルトルはもはやほとんど過去の記憶にすぎないが、モンパルナスには、まだローカルな芸術の匂いがある。それをもっとも強く感じさせてくれるのが、ゲテ(Gaite')通り。日が暮れて通りに灯りがともるころ、ゲテ通りはとりわけ猥雑で寛容な雰囲気に満たされる。この通りには、それこそ「芝居小屋」と呼ぶのがふさわしいような小さな劇場が散在している。たいてい夜7時とか9時とかに公演が始まる。仕事を終えたパリジャンが観に来るのに都合のいい時間帯だ。そんな劇場群の中の1つ。これは小屋の中ではなく、入り口のデコレーション。およそ洗練とは程遠いが、手作り感あふれる、布を垂らしたバルコニーは何かもの言いたげ。出し物はそれこそさまざまで、地元民は案外気軽に、こういうところでやっている芝居を観に来るのだ。パリの劇場文化もだいぶ廃れたとは言うが、それでもこうやって一般人が芝居に夢をかける人々を支えている。コメディ・フランセーズやオペラ・ガルニエだけがパリの劇場ではない。こうした小劇場で評判をとって、全国的・国際的になっていった舞台人も少なくない。もちろん、足を突っ込んでみたものの、そこが自分の生きる場所ではないと知って去っていった人はもっと多いだろう。客として舞台を観に来た若者が、舞台に立つ立場になったり、逆にかつて舞台に立っていた若者が、客になって戻ってきたりすることもあるかもしれない。まさにフランソワ・トリュフォーの『終電車』の世界。ゲテ通りにはそうした、ちょっとしたドラマがあふれている。そして、夢と挫折が確かに交錯する場所でありながら、決して深刻ではなく、どこまでも気楽で、いつまでたっても垢抜けないところがいい。観光客の姿は少ない。日本でいうと、浅草のエンターテイメントエリアと下北沢をあわせたような雰囲気の場所。ここはラ・ゲテ・モンパルナス劇場。シャンゼリゼ・クレマンソから水色の13番線に乗り換えて6つ目がゲテ(Gaite')駅。雰囲気がガラリと変わるのがおもしろい。ゲテ(Gaite')駅とモンパルナス・ビアンベニュ駅は歩いてもすぐ。モンパルナス駅ほど混まないので、モンパルナスに来るなら、ゲテ駅利用のほうがいいかもしれない。ゲテ駅からエドガー・キネ大通りに出て左折し、モンパルナスタワーのほうに歩くと、でっかいモノプリ(ショッピングセンター)がある。シャンゼリゼにもモノプリはあるのだが、あちらは規模が小さすぎ。Mizumizuはよくモンパルナスのモノプリでガレットなどちょっとした土産を買っていく。こちらはモンサンミッシェルのラ・メール・プーラールのチョコチップ入りクッキー。もっと薄いガレットタイプもあり、本当はそっちが欲しかったのだが、あいにく見つからなかった。ラ・メール・プーラールのガレット自体は東京では比較的簡単に入手できるが、チョコ入りのは案外ない。ラ・メール・プーラールは個人的にはかなり好きなほうのブランド。フランスのガレットはブランドによってちょっとずつ食感や味(主にバターの風味の強弱)が違い、だいたいどれもおいしい。つーか、日本のクッキーはなんであんなにも、油っぽくてマズいのだろう。さて、このクッキー、モンパルナスのモノプリの地下1階で見つけたのだが、上のほうの棚に置かれていて、Mizumizuの背では手を伸ばしても届きそうにない。モチロン、こういうときには、ちゃんと「神の使い」(ただの通行人)が現れるのがMizumizuの人生。ちょうどすぐ横に、じっと品物を凝視している東洋人の男性が立っていた。一瞬で日本人だと判断する。とても上品で大人しげな雰囲気。なので、迷わず日本語で、「すいませ~ん、上のこれ(と、ラ・メール・プーラールのチョコチップ入りクッキーを指さして)とっていただけますか?」と聞いてみた。「あ、いいですよ」案の定、ネイティブな日本語が返ってきた。「いくつ?」「2つ、あ、3つお願いします」と、どんどん頼むMizumizu。あとから考えれば、日持ちもするし、日本で買うと高いのでもっと買えばよかったのだが、このときは「がさばるかも」と思って3つに留めた。というワケで、フランスのちょっとしたお土産だったら、ガレットをどうぞ。といっても、空港でもたくさん売られているから無理に街中で買う必要はないかもしれない。ただ、ラ・メール・プーラールのチョコチップ入りガレットは空港でも見なかった。エドガー・キネ通りをはさんで、モノプリの向かいには、超有名ビストロ La Cerisaie(住所:70 B. Edgar Quinet, 電話:01-43-20-9898、土日は休み)がある。シャンテーニュ(栗)のポタージュやサレルス牛のポワレなどが有名。夕方の6時半ぐらいからの営業のよう。ここで食べたいと思っていたのだが、体調が悪く、とてもとても重い食事は取れない状態だったので、レポはないです(苦笑)。かわりに、こちらのサイトなど、どうぞ。http://www.french-code.com/table_lacerisaie.htmlしかし、「洗練された」温かみというのは、個人的にはどうかと…クロスがリネンなら洗練といえるかもしれないが、ただの白いコットンじゃ、まったくもって普通でしょ。そもそも実際の店は、リネンのクロスを使うような店ではない。テーブルとテーブルの間もめちゃくちゃ狭いし、夕方になってともる緑の電飾のダサい看板を見ても、どちらかというとやはりお値段お手ごろで、そのわりにはとても味のよい(あくまで評判では)、庶民の店だと思う。人気店なので、必ず予約を。そして、もう1つおススメなのが、エドガー・キネ通りをモンパルナスタワーのほうへ進み、De'part通りを左折(モンパルナス駅方面)した角にある、パン屋Boulanger Maison Champinここのクロワッサンは劇ウマです。クロワッサンなのに、なぜこんなに複雑な味にできるのだろうと、一口噛んで感動できること請け合い。シャンゼリゼではパン屋というと、Paulが幅をきかせているけれど、Paulで買うなら地下鉄にちょっと乗ってこっちに来たほうがいいんじゃないかと思うくらい。ただ、パリのパン屋は、東京の有名パン屋に比べると品揃えが少ない。日本でポピュラーな「チーズがけ」パンの類はほとんどなく、プレーンなパン以外だと、チョコやらクリームやらの入った甘ったるそうなものばかり。パリから東京に戻って、銀座の三越でJohan Parisに入って、あまりの種類の多さと活気に仰天しちゃったもんね。人気のパンは、焼き上がり時間を目指して行列までできていた。パリの活気は観光客に頼ってる部分が多いが、東京の活気は自国民が作り出している。そこが違う。