全米男子フリー、素晴らしかったドーンブッシュ、あまりに残念だったアボット
演技構成点が試合での出来を正確に反映していないこともすでに指摘したが、今回、全米男子で特にそれを感じたのは、ドーンブッシュ選手の素晴らしいフリーの振り付けとパフォーマンスに対する「控えめ」な評価だ。日本人解説者の杉田氏もドーンブッシュのフリープログラムの構成と出来を絶賛。直前に滑ったリッポンの正統派の振り付けと比較して、「どちらがいいかは好みになる」と、暗にリッポンに匹敵する作品であることを強調した。表彰式の場面でも、わざわざドーンブッシュについて、「素晴らしかったですね」と褒めちぎっていた。ジャッジ団の出した演技構成点がさほどでもないと、とたんに自分も同調してジャッジに媚びる、「自分の眼で判断できない」自称フィギュア専門家たちとは明らかに一線を画す態度。シニアで実績のない選手でも、素晴らしいものは素晴らしいと明言する自分の審美眼に対する自負。こうした専門性と自信をもったジャッジがプライドをかけてジャッジングすれば、これほどファンの不信を招く採点にはならないのだろうが、今のジャッジは「スーパーのレジ係」、つまり派遣社員のような立場に押し込められている。あるいは杉田氏のような「眼」をもったジャッジは多いのかもしれないが、何らかの「力」によってジャッジの「眼」が規制されている可能性ももちろん捨てきれない。Mizumizuも、ドーンブッシュの「シャーロック・ホームズ」の振り付けは秀逸だと思った。http://www.youtube.com/watch?v=4fNyIvU_rdM今回の全米フリーでは難しい入り方をするジャンプもほぼクリーンに決めた。ジャンプの入り方やジャンプを終わったあとにポーズを入れるといった工夫、それにスピンやステップでの効果的な音楽の使い方・・・こうしたエレメンツの出来のよさに加えて、「探偵」の雰囲気を出したストーリー性のあるマイム、演技性のあるムーブメントをふんだんに取り入れた独創的かつ個性的な振り。ドーンブッシュ自身も、日本の村上選手に通じるような若々しいエネルギーと観客へのアピールを忘れないエンターテイメント性を兼ね備えている。日本の皆さんもドーンブッシュの東京でのシニア世界選手権デビューを是非とも楽しみに。アメリカの選手は日本に来ると得点が押さえ気味にされることが多いので、どうぞ暖かい応援を。村上選手もそうだが、こうしたパーソナリティをもった若い選手は、ジャンプの出来や会場の手ごたえでパフォーマンスがかなり違ってくる。ドーンブッシュは、現行の採点傾向で高い評価を得る「すぐにトップスピードにのせる」滑りのテクニックをもった選手だ。最初の滑り出しからその技術を生かしたダイナミックな動きを見せる。そして、スピードをあげるように見せて逆に一旦止まって再度滑り出すのだが、すぐにスピードに乗ってくる。これによって運動に視覚的なメリハリが生じるし、そのあとの伸びやかなスケーティングは見ていて非常に気持ちがいい。インからアウトへ、またインへと深いエッジに乗って、氷にしっかり張りついたように滑るところも素晴らしい。こうしたテクニックではカナダのパトリック・チャンがやはり世界トップクラスだと思うが、ドーンブッシュにも同じ才能を感じる。きちんと背中が伸びて、どんな動作をしても上半身が安定しており、日本の若手選手のように姿勢の悪さが気になるということもない。全体的に明るい雰囲気で、わくわくするような楽しさがあるのがいかにもアメリカ的だ。まだ新しい映画なので、あまりフィギュアで使われておらず、スリリングでダークな部分もありながら、スピード感溢れる音楽に同調した振り付けは、このうえなく新鮮だ。それでも、演技構成点は同年代のライバルであるマイナー選手(1991年1月生まれ)とほとんど同じだった。私見だが、ドーンブッシュ(1991年8月生まれ)とアボット(1985年生まれ)の演技構成点の点差はもっと少なくてもよく{つまり、ドーンブッシュにはリッポン(1989年生まれ)並みかそれ以上の演技構成点をつけるということ}、逆にマイナーとアボットの点差はもっとあってもいい。だが、どのくらいの点差が適切かという話になると、それはまさに主観による水掛け論だ。今回の全米は別の見方もできる。つまり、1位仕分けのアボットと新進の若手選手2人に対する演技構成点の点差を約5点に留めたのは、ある意味で非常にフェアだということだ。この点差は8点でも10点でも「不正」ではない。だが、演技構成点で10点だ15点だと差を付けられれば、他の選手はまず勝てないことになってしまう。今回のように1位仕分けの選手が崩れれば、ショートで6位、7位と出遅れた選手でも大逆転のチャンスがある。それこそ本来この採点システムの目指した方向ではないのか。プロトコル上ではJ1、J2・・・で示される演技審判の氏名を公表していることといい、アメリカは選手層の厚いフィギュア大国としてのフェアネスに対する矜持を独自に示したともいえる。世界選手権への出場権を全米選手権一発で決めるという方針にもブレがない。1点もない差でアボット選手が東京に来られなくなってしまったのは、個人的にはいかにも残念だが、コンマ以下の点差でも4位は4位。アメリカの決め方は日本のそれより遥かに明確で透明だ。それにしても、アボット選手が東京に来ないなど予想もしていなかった。今季の彼のプログラムは、これまでのアボット選手の演技史の中でも最も芸術性が高く、最も成熟した完成度の高いものだった。グランプリシリーズからジャンプが低く、軸が傾いているのが気になっていたが、全米でもそれがルッツで出てしまった。http://www.youtube.com/watch?v=grR_UfoNlIk出だしは悪くなかった。体を大きく使った、堂々とした滑り出し。ジャンプが2つとも3回転の単独になってしまったのは「おや?」と思ったが、大きな失敗さえしなければ、ワールド進出は問題ない実力の持ち主だ。ところが後半のトリプルアクセルで手をつき、ルッツで転倒したあとは、顔がひきつってしまっている。3連続ジャンプなど、最初から軸が傾いているのだから、3つ目のジャンプはむしろつけないほうがよかった。それを律儀に無理につけてしまって、大きく乱れてしまった。どこか冷静さを欠いた演技で、フィギュアスケートで「失敗したあと」に気持ちを切り替えることの難しさを改めて見た気がした。自分の目標とする完璧な演技ができないとわかったときに心の中に生じる動揺。これを克服するのは容易なことではない。それが巧みなのが高橋大輔選手だ。彼はどんなときでも観客を忘れない。見ているファンのためには、失敗して一番ショックな本人こそ失敗をひきずってはいけないのだ。高橋選手はそのことを理解している。頭だけではなく体で。解説者の田村氏が高橋選手の演技に対してオリンピックシーズンに同じことを言ったことがあるが(「最初に失敗したことを、見ているほうは忘れてしまう」)、不思議なことにこの高橋選手の強みを、まったく関係のないイベント試合で、バレエダンサーの熊川哲也がピタリと言い当てていた。http://www.youtube.com/watch?v=qfuXSS6gjbA&feature=player_embedded「オーディエンスへのアピールがさすが。コケても高橋大輔。成功しても高橋大輔。カリスマのゆえん」これはショーやイベント試合だけではなく、試合でも言える高橋選手の強みなのだ。アボット選手はエッジワークに優れた才能ある選手で、性格も非常に真面目そうで好感がもてる。だが、カリスマ性には欠ける。こうした「華」のあるなしは、理屈では説明できない。世界トップになれる実力をもちながら、ここ一番のチャンスで力が出せないのも、彼の優等生的で内向き(に見える)性格が災いしているかもしれない。今季のショートはランビエールの「ポエタ」を振り付けた、スペイン舞踏の第一人者アントニオ・ナハロの作品。色香と芸術性ではランビエールに及ばないにしろ、アボットの「Viejos Aires」も張りつめた大人の雰囲気がたっぷりで、複雑な上半身の動きや細かなムーブメントは実に濃密で見ごたえがある。フリーの「ライフイズビューティフル」は、アボット選手の品のある繊細さを十二分に生かした作品で、物語の主人公のやさしい微笑みとさわやかなポーズから明るい情感が漂ってくる。それでいて人生の哀切というものも知っている。知っているうえで前向きであろうとする。そんな、成熟したアメリカの好青年でなければ出せない味があり、見ていて胸がいっぱいになってくる。動きも大きくていいし、大きいだけでなく肩や指先で音楽をとらえ、情感を表現するところなど、表現力は間違いなくレベルアップしている。もちろん、エッジワークもきれいだ。アボットの集大成と言ってもいい軽やかな芸術性が際立つプログラムで、東京で見られるのを楽しみにしていた。これまでのアボット選手は全米でピークを迎えてしまい、そのあとの大きな国際大会では自滅することが多かった。今季こそワールドでの表彰台を目指して、体力をシーズン後半まで持続することを陣営として考えていたはずなのに、全米でまさかの4位とは。だが、本来それがスポーツの試合というものだ。アボット選手は演技構成点でトップの評価を得ていた。もっと差をつけてくれていたら勝てただろうが、ジャンプの失敗がありながら演技構成点で救うのは、スポーツの原則に反している。フリーでブラッドリーは2度の4回転に挑戦してとりあえずは降り、ドーンブッシュはほぼ完璧な演技をし、マイナーもきれいにプログラムをまとめた。アボット選手の大人のプログラムが東京に来ないのは本当に寂しいが、四大陸での素晴らしい演技に期待しよう。【27%OFF】[DVD] 浅田真央 20歳になった氷上の妖精