休日の有名店は忙しそう イル・ポルト編
蓼科でのディナーは、イル・ポルトでと予約を取っておいた。 ホームページによれば(笑)、最高の食材を低価格で提供する店だという。雑誌などで紹介されることもあり、行ってみたい店だった。予約は夜の7時半。だが、困った事態が生じた。 縄文考古館と尖石遺跡で思いのほか時間を取ってしまい、他の美術館(山下清の美術館を候補にしていたのだ)に行く時間がなくなり、といって別の観光施設に行くにも中途半端な時間になってしまった。ホテルにチェックインしてみたものの、直前に取れるのはビジネスホテルしかなかったから、くつろげる雰囲気でもない。少し休憩して街に出たが、地元の人が行くようなショップは閑散としていて、旅行気分も盛り上がらず。 蓼科って案外淋しいところだ・・・別荘地として有名だが、日が落ちるころには、山から冬めいた風とともに、静寂と寂寥の帳がおりてくるようだった。あるいは、ここを別荘地に選ぶ人には、それがいいのかもしれない。軽井沢は賑やかだが、俗っぽくなってしまったから。行くところもないので、午後6時前にダメもとでイル・ポルトに行ってみた。予約に空きがあれば、時間の前倒しを頼もうと思って。しかし、甘かったのだ。入口のドアに「本日は予約で満席です」の文字。「これは無理だろうな・・・」と思いつつ入ってみたが、スタッフは全員忙しいと見えて、出迎えにさえ来ない。なんとか手の空いたスタッフをつかまえて事情を話してはみたものの、やはり満席だとのこと。 『千乃壺』のスタッフもそうだったが、顔に「忙しくて余裕がありません」と出ている。これまたダメもとでと思いつつ、「この時間から行けるところはありますか?」と観光案内を頼むMizumizu(苦笑)。案の定、困ったようなほほえみを浮かべ、「さあ・・・」と首をひねるアルバイトらしき女の子。だいたい観光客が行くような店は6時には終わる。つるべ落としの秋の陽は落ちて、灯りも少ない蓼科高原で時間を持て余すMizumizu一行。あとから考えると、諏訪の夜景を見下ろせるスポットがあったのだが、なにせ直前に決めた旅行、 そのときは頭に浮かばなかった。仕方なく、近くのイングリッシュガーデンに行き、「もう暗いし、閉園時間だけれど、ショップだけでも見せていただけますか」とお願いすると、快く無料でどうぞと言ってもらえた。ショップは案外アイテムが多く、手軽なお土産もあるが、なかには、「こんな田舎で?」と思うような(失礼)、高級品が置いてある。なるほど、ここは別荘地なのだ。ゆっくりショップを見てまわり、ちょっとしたものを買って出たが、それでも時間は余っていた。また再び山のほうへ車を走らせてみたが、暗いばかりで宿泊施設以外は何もない。仕方なく、大きめのホテルに入り、またショップを見て時間をやりすごした。ようやく予約の時間がきて、イル・ポルトへ。相変わらず忙しそうなスタッフに案内されて、テーブルへ。昼間なら眺めのいいロケーションのようなのだが(ホームページによれば)、夜は窓の外はただの闇だった。水牛のモッツァレラを使ったカプレーゼ。たしかに水牛のコクがあった。パレルモの市場で、「4日ぐらいしかもたないから」と言われて買った生の水牛のモッツァレラには、もちろん及ばないが、普通の牛乳のモッツァレラにはない、水牛ならではのコクはかなり味わえる。日本の、しかも長野で水牛のモッツァレラが食べられるようになるとは…。ちなみにトマトはごくごくフツーで、そこらのスーパーで買ったような味だった。すべてが最高の食材とは言えないようで…こちらも定番の生ハムとフルーツの盛り合わせ。生ハムは塩気が強く歯ごたえの硬いものと、脂の甘みを感じさせる柔らかめのものと、味わいの違う2枚の風味が楽しめた。自家製らしい。丁寧な、とてもいい仕事をしている。フルーツはごくごく普通。最高の食材って…まあ、いいや。おいしかったしね。ちょっとばかり火入れが長すぎた感のあるフォアグラのソテーと野菜。野菜は文字通り新鮮、そして、この野菜をフォアグラに合わせるの? という驚きも新鮮な一皿だった。ソテーは、やや雑になった感がある。こういう調理のちょっとしたブレに、厨房の慌ただしさを感じてしまった。 だが、まずいというわけでは決してない。フォアグラのソテーはもともと好きなMizumizu。ソースも軽やかなフレンチイタリアンスタイルで、ぬめっとしたフォアグラと野菜それぞれの食感を引き立てていた。自家製ベーコンとゴルゴンゾーラのペンネアラビアータ。ペンネがしっかりアルデンテだったのに、まずは感心する。簡単なようでこれは案外タイミングが難しいのだ。ペンネをこうした絶妙のタイミングで茹で上げてサーブできる店は、東京にもなかなかない。日本人がパスタのアルデンテに、あまりこだわらないせいもあるかもしれないが。自家製ベーコンの味わいは、ゴルゴンゾーラの心地よくも主張の強い香りのなかに紛れて後退してしまったかもしれないが、おいしい一皿だった。アンティパストをプリモがわりに余計に頼み、セコンドはスキップしたMizumizu一行。そのせいもあったのか(たぶん、ないと思うが)、ドルチェをやたらと待たされた。ま、これだけ忙しそうならサービスの低下はある程度仕方ないかもしれない。待たされるのはイタリア仕込みで慣れている(苦笑)し、夜はやることもない。忙しそうなスタッフに催促をするのも気が引けて、おしゃべりをしつつゆっくり待った。写真は撮り忘れたが、『栗の渋皮煮とエスプレッソのプリン 果実のコンポートと自家製ジェラート添え』は、秋らしい素敵なデザートだったのだ。栗のスイーツが好きな方なら満足できるだろう。ただ、別に作るのに時間がかかるようなものではない。やっぱり、単に忘れていただけなんだろうな、忙しいし。慌ただしい表情で、慌ただしく動きまわるスタッフの「余裕のない一生懸命さ」がこちらにも伝わってきて、とてもくつろいだディナーを楽しんだとは言えないが、サービス自体は決して悪くはなく、ハズレたと思った料理も1つだけだった(ここでは言及していない)。すべてが最高の素材だと思って行くと裏切られるかもしれないが、求めすぎなければ十分にアタリの店だといえる。ただ、東京ではない、蓼科なのだ、と思える味がさほどなかったのが残念と言えば残念かもしれない。駐車場には練馬や品川ナンバーのメルセデスが何台も泊まっていた。同じ住所ナンバーに同じメーカーのクルマを見てしまうと、なんだかご近所のイタリアンに来たよう。違うのは凛とした涼やかな夜の空気だけだった。