もう1つの明暗――坂本選手と本田選手
2枠しかない女子シングルの五輪切符は、全日本が始まるまではほとんど注目されていなかった坂本選手のものになった。この選考結果は極めて合理的だったと思う。有力候補だった樋口選手はまたもサルコウがダブルに。フリーだけなら5位という成績だ。台落ちした選手を選ぶならよほどの実績が過去になければ難しいが、そもそも女子が2枠になってしまったのは、昨季のワールドで樋口選手自身が予想外の不出来だったことが最大の理由だ。今季は安定した点数を出してきたが、肝心のファイナルで失速。全日本でのダブルアクセルのパンクと3サルコウの失敗。この「失敗の印象」があまりに強い。ルッツのエッジにやや不安のある坂本選手に対し、ルッツはきれいなアウトエッジにのって跳ぶことができ、3ルッツ+3トゥループをフリーで2つ入れるという「離れ業」をやってのけることのできる樋口選手だが、今回の2つ目のトゥループで回転不足を取られ(取るほど足りてないジャンプには見えなかったが)、またもこの強みを生かせなかった。三原選手はフリーだけなら3位だが、今季はどうも体調不良が多いのか、昨季のような力強さが感じられない。ジャンプも昨季のような安定感がない。一方、坂本選手は、大事な全日本で絶好調。ショートのジャンプの高さ・幅・流れには度肝を抜かれた。この圧倒的なジャンプの「質」の高さを連盟は選んだのだと思う。マイムだという表現部分は、ほとんどお休みしてるぐらいにしか見えないし、全体的にどうにも荒削りだが、宮原選手にはないジャンプの質を持ち、シーズン後半にきて上り調子で、若々しい勢いを感じさせる。メディアは、「明暗を分けた坂本・樋口」というような切り口で報じているところが多いが、Mizumizuから見ると、明暗を分けたのは坂本・樋口ではなく、むしろ坂本・本田だったのではないかと思っている。というのは、シーズン初めのUSインターナショナルクラシック。メディアが「まりんまりん」病にかかったのは、この大会で本田選手が優勝したからなのだ。そして、この試合、もはやほとんどの人が憶えていないようだが坂本選手も出ていた。http://www.usfigureskating.org/leaderboard/results/2017/26189/results.html点数は上のリザルトが示すように、相当悪い(汗)。これではオリンピック候補選手として挙げられないのは当然、逆に本田選手は整った成績で十分に今シーズンの飛躍が期待できるものだった。いちいちメディアが「まりんまりん」と他の選手を差し置いて注目するものだから、すっかり反感を買い、「もともと5~6番手の選手だろ」「最初から五輪の芽なんてなかったじゃん」というようなコメントがネット上に投稿されるハメになってしまったが、坂本選手のポジションに本田選手が来る可能性は十分にあったのだ。実際に本田選手の演技を見て、非常にエレガントで天性の優美さを備えた選手だと思った。ジャンプをおりたときの姿勢もきれいで、アゴから上半身にかけて流れるような美しさがある。フリップ・ルッツのエッジにも問題がない(これは大きなアドバンテージだ)。ダブルアクセルに3トゥループをつける連続ジャンプをフリーで2回やって2回ともおりている。1つは回転不足判定だが、そもそも今回のフリーは、有力選手のセカンドの3トゥループは1人1つノルマのように刺した感じ(苦笑)。判定が大きく順位に影響しないよう配慮したんですか? まったく。演技の密度から言えば、宮原選手がすぐあとに滑ったので、返ってこの2人の「積み上げてきた練習量の差」をまざまざと感じてしまったのだが、やはり多くのスポンサーがつくだけあってポテンシャルは大きい。坂本選手や樋口選手のような爆発力のあるジャンプは跳べないが、そのかわりさりげなく、力を入れてないのに難度の高いジャンプを跳んでしまう能力がある。坂本選手が全日本で素晴らしい演技をしたために、日本中が「坂本、坂本」になっているが、悪いほうに流れれば、ジャンプを連鎖的に失敗して、USインターナショナルクラシックのような点数になってしまうリスクもある選手なのだ。1つの試合、ミスるかうまくいくかのほんのちょっとの違い、それで世の中の見る目ががらりと変わってくる。本田選手には残酷な結果となったが、これが実力といえば、実力なのだ。そして、坂本選手の「勢い」が本当の実力になるかどうかもまた、坂本選手本人次第。今回輝くことができなかったとはいえ、やはり本田選手には他の選手にはない華がある。そして、ジュニアの紀平選手もまた素晴らしい。まだ体が軽いというアドバンテージがあるとはいえ、トリプルアクセルを完璧に回り切っておりてきた。平昌の次のオリンピックでは、また日本女子は3枠に。その展望も明るく開けた全日本になったと思う。