窓からさそり座が見える――夏のザ ガンジー ホテル(くじゅう温泉)
夏の夜空を代表する星座、さそり座。さそり座の魅力は、その優美で壮大なSの曲線。火星と競う者という意味をもつ、赤いさそりの心臓「アンタレス」。だが、高く昇らないため、「夏といえばさそり座」と有名なわりに、見るのが難しい。南の空が開けていて暗くなくてはダメだ。それに、例えばさそりを恐れるオリオンの星座のように、誰にでもすぐ形が見分けられるわけでもない。http://www2.nhk.or.jp/school/movie/clip.cgi?das_id=D0005300438_00000↑この動画は、さそり座の動き方が非常によく分かるが、こういう予備知識が頭にないと、星座そのものを見分けることも難しい。つまり、時間が早いとさそり座は直立した姿勢で、S字のカーブは先が切れてしまっていてよく見えない。時間が遅くなると次第に昇ってくるのだが、壮大な夜空に描かれる曲線がきわめて美しく見える時間帯は案外短く、その時間帯を逃すと、次第に星座は横倒しとなり、S字というよりむしろ変形ひしゃくのようになってしまう。優美でダイナミック、赤いアンタレスを輝かせる夏の女王星座は、「さそり」という、その強い印象の名とは裏腹に、美しく見えるための条件が厳しく、さらにその時間も1日のうち僅かなのだ。Mizumizuは子供のころ、実家のある山口で見ていた気がする。だが、その記憶は不確かで、しかも見えたのはS字の一部だけだった。東京の家からは冬のオリオン座なら見えるが、夏のさそり座は望むべくもない。一度、優美で壮大なS字の全貌を見てみたいと思いつつ、その夢はかなわずにきた。くじゅうにあるザ ガンジー ホテルは、その気難しいさそり座の姿を見るには絶好のロケーションにある。すなわち、南に向かって開かれた高原の、わりあい高い位置にあり、かつ人家はほとんどないので、夜になると空は非常に暗い。https://www.the-guernsey.com/宿泊したのは、ツインルーム。このホテルは以前別の名前だった気がする。ザ ガンジー ホテルになって改装のであろう部屋は、バスルームへの段座が極端だったり、ちぐはぐなところもあったが、その分、変に広い…と言ったら失礼だが、本当に変に空間があった。エキストラベッドを入れても充分な広さが確保されていて、そこに2人で泊ったので、ゆったりとくつろぐことができた。3人の旅行で1人は和室に泊ったのだが、こちらはやや狭い印象。1人は洋室にしようか迷って、結局和室にしたのだが、あれなら洋室を選んだほうがよかったかもしれない。部屋は高級感はないが、こざっぱりとしたモダンなつくり。温泉もあって、これがなかなかだった。近くの赤川温泉ほどの「すんごい泉質」ではないが、緑がかった濁り湯で、内湯とくぬぎ林に向かって開かれた露天の2つがある。広さはさほどではないが、そもそも客室数が多いホテルではないし、平日だったので混むこともなく、ゆっくり温泉を堪能できた。ガンジーというホテルの名は、ガンジー牧場がこのホテルの経営母体だから。夕食にはステーキが出たが、さすがの味。魚料理もつくフルコースのプランだった(というか、それしか選べなかった)のだが、魚料理はヤマメをイタリアンっぽくアレンジしたもの。工夫があって美味しかったが、好き嫌いが分かれるかもしれない。基本Mizumizuは魚より肉が好きなので、フルコースではなくてメインは肉だけのコースだったほうがよかった。Mizumizu母のほうは、ひねりのある魚料理が気に入ったよう。まぁ、このあたりは個人的な嗜好の話だ。朝食は、ガンジー牧場で作っているというパンが出たのだが、これが微妙にハズレたのが残念。エッグベネディクトも個人的には「残念」レベル。値段と考えあわせると、部屋大満足、夕食かなり満足、温泉かなり満足、朝食やや残念――というカンジ。しかし、関東の温泉ホテルを考えると安く、料理も温泉も質が上であることは間違いない。ホント、九州はすごいよ。残念といえば、残念の極みだったのが、ホテルのテラス。鳩が上に居ついてしまい、フンだらけで使えない状態だった。掃除が追い付いておらず、テラスは閉鎖。その向こうに芝生があり、おしゃれなテーブルとイスを置いて(ただしパラソルもなくてむき出しだった)、そこでアフタヌーンティーを出すということだったが、予約しなくて正解。夏の午後はもろに日差しがきて暑いし、虫も多いし、視線のすぐ先にテラスの鳩のフンがある――こりゃダメだ。だが、それらすべてを忘れさせてくれたのが、部屋の大きな窓から見た夜空だった。たまたま雲も少ない晴れた日だったことも幸いしたが、なんと、窓のちょうど中央に、さそり座が優美で壮大な、そのS字の全貌を現したのだ。ガラスの向こういっぱいに、さそり座が広がっている! 窓枠は額縁さながら。あつらえたようだった。さそりをつけ狙う、射手の姿も見えたように思った。ただ、射手座についてはあまり知識がないので、違ったかもしれない。さそりの尾の近くに、十字に近い星の並びが見え、それがちょうど射手座に見えたのだが、確たる自信はない。ちょっと位置が近すぎる気もした。窓のガラスが邪魔に思え、何度かホテルの外に出て、ナマさそり座を見に行くMizumizu。真っ暗な夜に、何度も出入りするのでホテルのフロントはやや怪訝顔。ただ、ホテルの外だと、建物が邪魔で案外見えなかった。ホテルの窓枠を額縁に、あたかもさそり座のために切り取ったかのような夜空のほうが、絵画的に美しかった。少し眠って、未明に目を覚ますと、ちょうど同じ部屋に泊ったMizumizu母も起きていて、「さそり座はもうどっかに行っちゃったよ」。言いえて妙だ――横倒しになって額縁の外に移動したであろうさそりは、赤く目立つはずの心臓も、もはや夜の霧に隠れて見えない。変形ひしゃくになっているハズの尾を捜してみたが、昇ってきた他の星々にまぎれて消えてしまった。夏の夜の女王、さそり座。長らく焦がれていた彼女との出逢いは、あまりに強烈で、あまりに短かった。#ザ ガンジー ホテル ザ ガンジー ホテルの北にはくじゅう連山南の窓の向こうはくぬぎ林。久住高原を隔てて、阿蘇五岳を望む。夏の夜、この景色すべてが暗闇に消えた後、さそり座が空を支配する。