カミュの『ペスト』には、今の世界と日本人が。
ペスト(新潮文庫)【電子書籍】[ カミュ ]
戦争が勃発すると、人々はいう――「こいつは長く続かないだろう、あまりにも馬鹿げたことだから。」
そしていかにも、戦争というものは確かにあまりにも馬鹿げたことであるが、しかしそのことは、そいつが長続きする妨げにはならない。
愚行は常に頑強なものであり、人々もしょっちゅう自分のことばかりを考えていなければ、そのことに気づくはずである。
わが市民諸君は、この点、世間一般と同様であり、みんな自分のことばかりを考えていたわけで、別の言い方をすれば彼らはヒューマニストであった。
つまり、天災などというものを信じなかったのである。
天災というものは人間の尺度とは一致しない、したがって天災は非現実的なもの、やがて過ぎ去る悪夢だと考えられる。
ところが天災は必ずしも過ぎ去らないし、悪夢から悪夢へ、人間の方が過ぎ去っていくことになり、それもヒューマニストたちがまず第一にということになるのは、彼らは自分で用心というものをしなかったからである。
わが市民達も人並み以上に不心得だったわけではなく、謙譲な気持ちになるということを忘れていただけのことであって、自分たちにとって全てはまだ可能であると考えていたわけであるが、それはつまり天災は起こりえないとみなすことであった。
彼等は取引を行うことを続け、旅行の準備をしたり、意見を抱いたりしていた。ペストという、未来も、移動も、議論も封じてしまうものなど、どうして考えられたであろうか。
彼等は自ら自由であると信じていたし、しかも、天災というものがある限り、何びとも決して自由ではありえないのである。アルベール・カミュ『ペスト』宮崎 嶺雄訳より *改行はMizumizu