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カテゴリ:Essay
当初は行く予定のなかったサイトウ・キネン・フェスティバル。だが、数日前に「浮いたチケットがあるんだけど…」という知人からのメールが入り、急遽行くことにした。
9月9日(最終日)のオーケストラプログラムB。 ラヴェル/亡き王女のためのパヴァーヌ アンリ・デュティユー/瞬間の神秘 アンリ・デュティユー/Le Temps L'Horloge(世界初演) ソプラノ:ルネ・フレミング (ボストン交響楽団、フランス国立管弦楽団との共同委嘱作品) ベルリオーズ/幻想交響曲 作品14 演奏:サイトウ・キネン・オーケストラ 指揮:小澤征爾 小澤指揮の公演は横浜での「ドン・ジョバンニ」(若い音楽家たちによるオケ)、上野での「ドン・ジョバンニ」(ウィーンフィル)を聴いているが、どちらもペケで、小澤のモーツァルトは結局好みに合わないとわかっただけだった。 だが、今回は、ラヴェル、現代音楽、それにベルリオーズという演目に興味を惹かれた。結果は大変に満足のいくもので、行ってよかった、と思った。 サイトウ・キネン・オーケストラが「世界一流のオケ」というのはどうだろうか。ちょっと身びいきがすぎるかもしれない。だが、全体的に「波」を感じさせる流麗な音楽を堪能させてくれたのは間違いない。 ラヴェルの小品は短いながらも、色彩のイメージ豊かな音が楽しめた。デュティユー作品は、本人も登場し、さかんな拍手を浴びたが、実におもしろい作品だった。不協和音とピッツィカートの炸裂が、聴衆をなにかしら不安な感覚にいざなう。音に「波」のような強弱をつけた小澤の指揮が不可思議な世界観を提示してみせる。この違和感は旋律に身をゆだねて楽しむクラシック音楽にはないものだ。 ただ、ルネ・フレミングの歌唱はこちらの期待が大きすぎたのが、「フレミングならでは」とまではいかなかった。指揮台と非常に近い位置に立ち、小澤と対話するような表現を試みたが、あまり噛みあっているとは思えない。言葉がうまく声量にのって届かない。もちろん、声を張り上げるイタリアのベルカントオペラとはまったく違うのだが、どうも中途半端で、オケとの息も合っていない。あきらかに練習不足だ。これなら、フレミングのようなビックネームをつれてこなくても、むしろ若手の歌手にびっちり練習させてチャンスを与えたほうがよかったのではないか。まあ、歌手の名前はお化粧のようなものだから、客寄せの意味もあるのかもしれないが。 フレミングのドレスは美しかった。光沢のある黄緑の明るいロングドレスが、彼女の金髪と白い肌をひきたてる。裾のところがバルーンになっており、靴が、特に片側だけよく見えるようにカッティングが施されている。靴にはきらきら輝くディアマンテ風の装飾があしらわれている。ドレスの裾は後ろにいくほど長くなるが、バルーンになっているので、引きずる感じがなく、軽やか。ハイウエスト気味の絞りで、後ろでギャザーが寄っている。誰のデザインだろうか? とても洗練されていた。 音楽に話を戻すと、やはり圧巻は最後のベルリオーズの「幻想交響曲」。小澤という人は、あのヤマンバのようなザンバラの髪で、背もそれほど高くない。指揮をする姿も決して、ふつうの意味でカッコいいということはなく、むしろ奇妙な動きをする、というのが第一印象だ。ところが、その奇妙な振りが、だんだんと神がかって見えてくる。暗譜で振ったベルリオーズも、まさに、それ。クライマックスの「魔女」の章では、小澤自身が「幻想の世界」にイってしまったかのようで、そのパフォーマンスに視線は釘付けになってしまった。 オケの音に関しては、多少言いたいことがないわけではない。「波」を思わせるドラマティックな表現は確かに相当聴かせる力があるが、たとえば、「断頭台への行進」では、「恐怖」が足りない。もう少し聴いていてぞっとくるような深みがほしい。 直接的にオケに足りないと思うのは、「ピアニッシモ」の表現力だ。ピアニッシモは生命の胎動の最初の一音だ。そんな「かそけきかそけきピアニッシモ」をピタリと表現できるオケこそ一流だと思うのだが、残念ながら、サイトウ・キネン・オケからはそうした音は聴かれなかった。ピアニッシモの脆弱さはフォルテッシモの迫力にも影響する。超新星爆発を目の当たりにするような、聴いている者を圧倒するフォルテッシモも残念ながらなかった。そうした、聴衆の想像力に訴えかけ、絵画的なイメージをこちらに喚起させる力が少し弱かったのは残念だ。 だが、小澤の指揮は十分に堪能し、満足した。モーツァルトでは連続でコケてくれたが、やはり小澤は「世界の小澤」と呼ばれるにふさわしい世界をもっている。 鳴り止まぬ喝采のなか会場を後にしたが、外に出てもまだ拍手が続いていて、一瞬雷雨かと青い空を見上げてしまった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2007.09.10 12:44:37
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