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オリンピック、その直後の世界選手権で、「フィギュアはオリンピックイヤーにしか見ない」ファンにも現行採点(あえて、ルールとは言わないでおく)の異常さが認知されたことは、基本的に好ましいことだと思っている。 人間のやることに絶対はない。主観の入る採点競技が誰にとっても公平に思える結果になることもない。だが、だからといって無批判に結果を鵜呑みにしていては、どんどん採点が腐ってくる。 今回の世界選手権で、どんな素人でも鵜呑みにできないほど、非常識な点が女子シングルの銀メダリストに与えられたことは、採点の問題点が明確に顕在化したという点においては、よかったのだ。 もちろん競技としてはまったくよろしくない。今回のキム・ヨナ選手の演技は銀メダルにはふさわしくない。2位という順位は完全に間違っている。 素人の感覚は非常に素直で、逆に的を射る場合も多い。スゴイものは誰が見てもスゴイ。その単純さこそが、すべての「感動」の出発点だ。逆もまた真なり。ショート、フリーともミスが目立ち、演技の流れが何度も止まってしまった選手がなぜ2位なのか。 以下の中国メディアが伝えたという論評が、一番素人にも納得しやすいのではないか。 中国新聞網は「キム・ヨナの銀メダルは意外だった」とし、ジャンプの転倒と回転不足があったにもかかわらず、ほぼノーミスの浅田真央選手(129・50点)より高い130.39点という全選手中最高の得点を獲得したことに疑問を呈した。 キム選手に対する点数が発狂していることは、別に浅田選手のファンでなくとも、ここ数年の採点の動きを見ている、普通のファン(つまりキム選手ならどんな高得点でも「妥当」に見える大のファンとか、ジャッジと交友関係や利害関係のある人間ではないという意味)ならわかっている。 キム選手が全部ジャンプを(そこそこ)決めれば、バカげた高得点も「演技がよかったから」で納得させられないわけでもない・・・というだけのことだ。 それが今回の世界選手権のように、エレメンツそのものが抜けてしまったり、激しい転倒で演技が止まったり、あからさまなジャンプのパンクがあったりすると、「それでも、ほとんどの選手の自己ベストを上回る点? おかしいだろう」ということが明確にわかるというだけのことだ。 ただ、キム選手のことはさておき、オリンピックで初めて採点の異常さに気づいたウルトラ・ニワカのファンの皆さんには、採点について物申す前にほんの少しルールについて勉強をしてください、と言いたい。 技術審判による回転不足・エッジ・レベル判定の疑わしさ、演技審判の「勝たせたい選手にはつけ、勝たせなくない選手にはつけない」GOE(ジャンプ・ステップ・スピンなどのエレメンツの質を評価する演技審判による加点・減点)のデタラメぶり、さらにダメ押しとなる(演技審判による)演技構成点の「カラスの勝手でしょ」の点付け。どうにもならないフランケンシュタイン採点には違いないが、それとは別に客観的基準として設けられたジャンプの基礎点から点の低さを説明できる部分もある。 つまり失敗したジャンプが基礎点の高いジャンプだったか低いジャンプだったか。それによって減点も違ってくるので、一概に「転倒したのに点が高い」「転倒したにしても点が低すぎる」と糾弾するのはファンのほうの知識不足だ。 たとえば、安藤選手のショート。転倒は1度だけだが、この転倒はショートではもっとも「痛い」部分での転倒だった。 安藤選手は女子で唯一、トルプルルッツ+トリプルループが跳べる選手だ。これはキム選手のトルプルルッツ+トリプルトゥループより難しく、基礎点も高い。だが、今回安藤選手は、トリプルルッツでコケてしまい、もう1つの三回転をつけることができなかった。 しかも、トリプルルッツが回転不足のまま転倒したと見なされ(この判断自体は間違っていないと思う。問題はほかにも回転不足のまま転倒したとしか見えない選手がいるのに、その選手に対してはダウングレードがなされなかったこと。これは安藤選手への採点とはまた別問題)、ダウングレードで基礎点がダブルルッツのものになってしまった。 トリプルルッツの基礎点は6点、ダブルルッツの基礎点は1.9点。このダングレードで安藤選手は4.1点を失う。さらにGOEですべてマイナス3となり、このジャンプの点は0.9点(2回転ジャンプのGOEはジャッジがマイナス3とつけても、そのままマイナス3点になるわけではない。基礎点がそもそも1.9点しかないのだから。ダブルアクセル以上のジャンプとはGOEの反映割合が違い、過小な割合になる)。さらに、転倒ということで、最後にマイナス1点を引かれて、実際にはマイナス0.1点。 http://www.isuresults.com/results/wc2010/wc10_Ladies_SP_Scores.pdf つまり、3ルッツを回転不足のまま転倒してしまうと、実際の点はマイナス点になる。意味不明のルールだが、この条件は他の選手も同じだ(だからMizumizuは以前から、転倒ジャンプは一律に0点とすべきと主張している。同じ転倒なのに、点になったり、マイナス点になったりするのは不合理だ)。 さらに安藤選手の次の3フリップは、着氷時にエッジがグルッと回ってしまい(ジャンプが足りないときに起こる現象だ)、これでGOEがマイナスに。5.5点の基礎点に対して4.7点の得点にしかならなかった。本当のことを言ってしまうと、このジャンプ、ダングレードされなくてよかった。もし、回転不足と判定されていたら、2フリップの基礎点1.7点になってしまい、そこからまたGOEで引かれると点がなくなってしまう。もしあれがダウングレードだったら安藤選手のショートには3回転ジャンプがないことになり、点にならない。 あとはダブルアクセル。基礎点は3.5点と低いので、加点1点を得ても4.5点にしかならなかった。 逆に、ダブルアクセルで転倒に近い失敗をしたレピスト選手は、3トゥループ+3トゥループと3ループの3つの3回転を入れ、加点も得たために、点が下がらなかった。また、何も知らないファンには、転倒と同様に見えたかもしれないが、採点上は転倒ではないので、最後のマイナス1がなく、GOEだけの減点に留まっている。 ジャンプの難度は、アクセル→ルッツ→フリップ→ループ→サルコウ→トゥループの順。 3ルッツ+3ループ+3フリップを跳べる安藤選手は、もっているジャンプの基礎点はレピスト選手より高いが、ルッツで失敗して、ループを入れることができず、しかもフリップが不完全だったために、ルッツとフリップを入れることのできない(したがって安藤選手よりもっているジャンプの基礎点が低い)レピスト選手以下の点しか取ることができなかったのだ。 さらに、安藤選手が「なぜルッツで失敗したか」も、今シーズンの試合の流れから説明できる。ジャンプというのは確率。過去で安定して跳べているジャンプは、調子が多少悪くても跳べる。 安藤選手はシーズン前半、苛烈なダウングレード判定を受けないために、徹底してセカンドジャンプを2ループにする、いわゆる「回避策」を取ってきた。心ないファンやメディアが、例によって、「なんで3ループに挑戦しないんだ」などと煽ったが、異様に厳しいダウングレード判定を受けてしまえば、最初から2ループをきれいに跳んでおいたほうがGOEプラスがもらえる分、点になるからだ。 セカンドの3ループについては、ダウングレード判定に容赦はない。セカンドの3トゥループは甘く感じることもあるが、世界のトップ選手のうち安藤・浅田・フラットしかやらない3ループに関しては、認定(ダウングレードしないこと)は非常に狭き門だ。たまに安藤選手が認定されたら、キム選手のコーチのオーサーが、大クレームをつけてきた(これについても過去に書いているので、興味のある方は読んでください。証拠の動画はもう削除されたかもしれないが)。 セカンドに3ループをもってきて、「完全に回りきる」のは非常に難しいと思う。今シーズン浅田選手はセカンドに3ループを跳んでいない。フラット選手は3トゥループに切り替えている。 今回のワールドでは、フラット選手はセカンドに3トゥループを跳ばなかった(オリンピックでは入れていた)。これは日本女子およびアメリカ女子にとっては「天敵」とも言える天野真がスペシャリストだったため、ダウングレードを警戒して回避したのだと思う。 実際に、国別対抗でのアメリカ女子選手に対する天野真(をスペシャリストにおいた技術審判団)のダウングレードは信じられないほど厳しかった。 こちらが当時の技術審判の顔ぶれ。 こちらがショートのプロトコル。 http://www.isuresults.com/results/wtt2009/wtt09_Ladies_SP_Scores.pdf <マークがダングレードで、ジャン選手とフラット選手が出場したが、2人ともセカンドの3回転がダウングレード。解説の荒川静香が、「こちらからは回っているように見えた」と言ったジャンプもダウングレードだった。 セカンドに3ループをつけるのは、3トゥループをつけるより(通常は)難しい。 だが、その難しい3回転+3回転をやっても、わずかにブレードがグルッと回ってしまったら、もうセカンドの3ループは2ループ扱いになってしまい、基礎点が5点から1.5点になり、一挙に3.5点失うことになる。 それでは簡単なトゥループに替えればいい、と思うかもしれないが、それが天才ジャンパー安藤美姫の、ジャンプに関してはほとんどない弱点の1つ。 つまり、セカンドにループをつけるのは得意だが、トゥループをつけるのは得意ではないのだ。この傾向は浅田選手にも言えることだ。 もっとも安藤選手はダブルアクセル+3トゥループを決めたこともあり、絶対にセカンドに3トゥループをつけられないわけではない。だが、ルッツに3トゥループをつけることは、無理だったようで、試合では一度も使っていない。 これは仕方のない面もある。昔から練習していればできたかもしれないが、ダングレード判定が「厳密化」される前は、トゥループより基礎点の高いループをセカンドにつけられる安藤選手や浅田選手は、わざわざトゥループをつける必要はなかったのだ。ループを確実に入れられるように(そもそもセカンドにループをつけるためには、一度ジャンプの回転を止めなければならない。ファーストジャンプの勢いを一度消す分、跳躍力が必要になり、難しいのだ)、集中して磨いてきた。 ループは単独でも苦手で、セカンドにつけるなどもってのほかのキム選手に対して、セカンドに3ループを入れることのできる安藤・浅田選手は、絶対的に有利だったのだ。 ダングレード判定が暴走、もとい厳密化する前までは。 <続く> お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2010.03.31 07:07:21
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