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羽生結弦は、「天使」か「天子(天に代わって国を治める人物)」か? Mizumizuはかつてこのブログで問いかけた。天性のジャンプ能力を誇示しながらも、常につきまとう肉体的な脆弱性への懸念。細くしなやかで、それゆえに脆さも感じさせるルックス。 少年期と青年期のはざまで奇跡的な華やかさをもって氷上に降り立ち、あっという間に消えてしまう、はかない天使のような選手になるのか、あるいは「ロシアの皇帝(ツァーリ)」と呼ばれたプルシェンコのように、その圧倒的な強さでフィギュアスケート史に燦然と名を刻む「日出処の天子」となるのか。 今シーズンのNHK杯、グランプリファイナルで、羽生結弦は、すでにその答えを出した。だが、シーズンで最も重要なワールドでどんな演技をするのか、楽しみでもあったが、心配でもあった。 終わってしまえば、4サルコウ、4トゥループ+3トゥループ、トリプルアクセルを軽々と決めて圧巻の点数を叩き出したが、それが本当は大きなリスクと背中合わせの、異次元の難しさであることは、フィギュアスケートを知っている人間には簡単に分かる。 先の四大陸選手権は非常に質の高い競技会で、誰が勝つか最後までまったく分からなかった。Mizumizuは、久しぶりというぐらいにワクワクと選手たちの演技を見た。特に中国選手のジャンプの精度は素晴らしかったし、パトリック・チャンのフリーはと言えば、恐らく長いフィギュアスケート史上においても屈指のハイクオリティ演技だったといっても過言ではない。 ワールドでも特に中国選手に対して、四大陸の再現を楽しみにしていたのだが、フタをあけてみれば、ハン・ヤン選手もジャンプ失敗、ボーヤン・ジン選手も完璧な4ルッツ+3トゥループを決められなかった。 現王者のフェルナンデス選手は、彼にはわりによくある4サルコウでの転倒、チャン選手は相変わらずの3アクセルでの転倒。期待の宇野選手もコンビネーションのセカンドが2回転になってしまった。コフトゥン選手もせっかく高難度の連続ジャンプを、(彼の課題であった)回転不足なく降りながら、次の単独4回転が3回転になり、3トゥループの繰り返しで大きく点を失った。 残念と言えばそうだが、「こうしたものだ」と言えば、そうなのだ。4回転を2種類入れてくるトップ選手も出る中で、男子シングルはショートからリスキーな高難度ジャンプに挑まざるを得なくなっている。高橋大輔が「もう(現役には)戻れない」と言ったぐらい、今の男子のジャンプのレベルはソチ五輪をはさんで、急激に進化した。 緊張した大舞台では、その選手の弱いところがどうしても出てしまう。若い頃から苦手な3アクセルで失敗するベテランのチャン選手。難しい単独ジャンプを決めながら、最後の3回転+3回転を入れられない若手の宇野選手。世界トップレベルとはいえ、ワールドでのショートプログラムの出来というのは、こうしたものなのだ。 その中で、羽生選手だけは違っていた。 あの演技だけを見ていると、いつも同じことができるようにすら見えるが、インタビューを聞けば、必ずしも練習ではうまくいっていなかったという。ま、あのジャンプが日常的に跳べたら天子どころか、神だろうけれど(笑)。 今日は、グランプリシリーズで力を使い果たしてしまい、シーズン最終の肝心のワールドでピーキングがうまくいかなかった羽生選手の姿もなかった。 幻想的なショパンの旋律も、底知れない力強さに満ちて聞こえた。 トップ選手でも次々失敗する高難度ジャンプ構成のショートをあれだけの完成度で決めてくるというのは、それだけ羽生選手の実力が異次元だということ。 運動能力も異次元だが、あのキャラクターも日本人離れしている。難しいジャンプを次々と決め、アドレナリンを放出しまくり、最後に「吠える」。 思えば、羽生選手が最初にワールドに登場した時も、ジャンプよりスピンよりなにより、最後のステップに入る前に、ウオッーと叫んだ瞬間の表情に、Mizumizuは圧倒された。実はあれが、Mizumizuにとっては、その後のソチの金メダルよりも、ワールド金メダルよりも、「羽生結弦のベスト」な一瞬だったのだ。それを書かなかったのは、「吠えてる」姿はフィギュアスケートの技術とは直接関係がなく、選手にとってはあまり名誉なことではないからだ。 だが、氷上で人々の心をつかみ、魂を揺さぶるには、技術以上のキャラクター(性格)というものが必要なのだ。フィギュアスケートが運動競技としての以上の魅力を持ち、ショービジネスとして成り立っている理由もそこにある。 今回のワールド、ショートの演技のあと、「見たか!」と叫ぶ羽生結弦は、完全にイッちゃって…じゃない、物凄い迫力だった。演技も異次元なら、ああやって感情を爆発させることのできるキャラクターもまさにスレスレ…いや、超一流の表現者のものだ。 そしてキスクラでは、一転して礼儀正しい日本人青年に戻り、コーチやファンへ感謝の意を伝えて見せる。その姿は時代劇の悪代官並みにしたたか…いや、選手の模範そのものだ。 聞けば、羽生結弦が勝てば勝つほど、「アンチ」が増えて、彼の言動にいちいち悪口を浴びせているらしい。 いいじゃないですか? 最も人気のある者は常に最も憎まれる者でもある。これからもしたたかに、美しく、そして、できれば、「コケろよ!」と全世界のアンチから呪詛されても高難度ジャンプを冷静に決めるような、さらに異次元の選手になってほしい。 「日出処天子至書日没処天子無恙云々」(日出処の天子、書を、没する処の天子に致す、つつがなきや云々…)。かつて世界の大国だった隋の煬帝に不敵な書を送り、激怒させた日出処の比類なき天子のように。 そして、一部の観客からは、「あの態度は何だよ」と言われても、演技の後、「俺が一番だろ?」と人差し指を突き上げて自分自身の演技に酔う姿を見せてほしいのだ。どこででも、何度でも。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2016.03.31 23:18:02
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