|
今のフィギュアスケート男子が羽生結弦の時代であることは間違いない。だが、Mizumizuが以前このブログで書いたように、それは誰が勝つかまったく分からない時代なのだ。 NHK杯、グランプリファイナルと神演技を披露し、「これじゃ誰も勝てないんじゃないの?」と思われたかもしれない羽生選手の強さ。ところが、肝心なワールドでまたもやクリケットクラブの盟友に金メダルを持っていかれた。 天子は神ではないから、失敗することもある。フェルナンデス選手が生涯最高の演技をしたことは間違いない。本当に素晴らしいフリーだった。 2種類の4回転を跳べるフェルナンデス選手がすべてのジャンプをノーミスで美しく決めれば、羽生選手が叩きだした驚きの高得点に並ぶ点を出すことができる。それをシーズンで最も緊張するはずの最も格式の高い試合でやってのけた。フリーの演技に入っていくときのフェルナンデス選手は、笑顔だった。あの精神的な「ゆとり」は、必死になりすぎて表情がお面でもかぶったように硬くなり、肝心な場面で実力を出せなくなる日本人選手も是非見習ってほしいところだ。 羽生選手のフリーの総合得点は、技術点93.59点、演技構成点92.02点。転倒に伴う最後の減点として-1があるので、最終的に184.61点。グランプリファイナルでは、技120.92点 / 演98.56点。技術点の差が27.33点もある。 ワールドフリーのプロトコルはこちら。 http://www.isuresults.com/results/season1516/wc2016/wc2016_Men_FS_Scores.pdf ファイナルのプロトコルはこちら。 http://www.isuresults.com/results/season1516/gpf1516/gpf1516_Men_FS_Scores.pdf ルールをよく知らずに見てる人は、なぜそこまで点が下がるのか、理解できないかもしれない。フリーで羽生選手がコケたのは1回だけ。他のジャンプもきれいには決まらなかったし、得意のトリプルアクセルからの3連続もうまくいかなかった。とはいえ、コケた後半の4サルコウのあとに、トリプルアクセル+3トゥループを成功させるなんて、やはり五輪で金メダルを獲る人は違う。 四大陸のフリー再現が期待されたチャン選手が、相変わらず大技で失敗すると、連鎖的に後半のトリプルアクセルで失敗を重ねるのと対照的だった。このトリプルアクセルの力の差が、結局はこの2人の金と銀を分けたのだ。 あるショーでランビエール選手と羽生選手が続けて滑ったのを見た時、その技術と表現の洗練度の違いに、正直Mizumizuは、「なぜランビエールに五輪金がなく、羽生選手が金なのだろうか」と思ったのだ。だが、その答えは簡単だ。ランビエール選手もトリプルアクセルが苦手だった。彼もあの時代に高確率で4回転を決めながら、そしてあれほどの華と技術と革新性をもちながら五輪で金メダルは獲れなかった。 トリプルアクセルの圧倒的な強さが羽生選手を常に救ってきたが、今回のライバル、フェルナンデス選手はトリプルアクセルに欠点を持たない。4サルコウの習得も羽生選手よりずっと早かった。今回はその4サルコウを羽生選手がフリーに2度入れたことが2人の明暗を分けた気がする。 グランプリファイナルでは、羽生選手は4サルコウではなく4トゥループを2度組む構成で、ワールドでは難度の高い4サルコウ2度に変えた。なぜこんなリスキーなことをしたのかよく分からない。さらに高得点を狙ったうえでの挑戦なのか、あるいは4トゥループより4サルコウのほうが調子がよかったからなのか。 だが、どちらにしろ、4サルコウを2度入れるということは、どちらかを連続ジャンプにしなければならず、これまで試合でやっていきているならともかく、シーズン一番の大舞台で「挑戦」するなど、いくらなんでも賛成できない。 とはいえ、これは結果論。その是非についてとやかく言うのがこのエントリーの目的ではなく、同じ選手が同じシーズンの試合で、30点近くも技術点が上下することの是非について問いたいのだ。 ルール上は、これは当然のことなのだ。ワールドフリーで羽生選手は最初に4Sを単独で跳んだ。そうなると同一ジャンプは次は連続にしなければいけない。単独になってしまうと基礎点が7割しかもらえない。連続にしなければいけない2つ目の4サルコウでコケた。それでも回り切ったと判定されたので、基礎点が8.09、そこからGOEマイナスで4.09。最後に転倒のマイナスがあるから、実質的には3.09点だったということになる。 一方のフェルンナンデス選手は後半に単独の4S を跳び、基礎点11.55点。きれいに決まったのでGOEは3点をつけたジャッジがほとんどで、14.55点という得点をジャンプ1つで得ている。 コケてるのに3点もらってるのがどうかという問題点もあるが、これがアンダーローテーション(<)判定、ダウングレード判定(<<)だと、さらに点が下がってくる。同じ転倒でも、回り切っているかいないかで基礎点が違うのは今のルールがそうなっているから、そうなのであって、その是非については何度も書いているので今は言及しないが、問題は、高難度ジャンプが決まるか決まらないかで、10点から点が変わってくるということだ。 それでいて、今は転倒が「致命的」なミスではなく、回り切っていれば基礎点が入るから、選手は無茶なジャンプ構成を組み、トップ選手の転倒が増え、高難度ジャンプを回り切ってコケて勝つ、「転倒王者」が次々と生まれる。今回のフェルナンデス選手も例外ではなかった。 4回転が非常にレアで、きれいに決めることのできる選手が少なかった時代なら、4回転の基礎点が破格であっても、それはそれで筋が通っていたと言えばそうかもしれない。だが、今は複数回の4回転がトップ選手の構成の「標準」になりつつある。つまり4回転というジャンプの希少性、重みは相対的に下がっていると言える。 にもかかわらず、4回転の基礎点は3回転に比べて非常に高く、きれいに決まればそのジャンプ1発で13点などということになり、失敗すれば10点から点を失う。複数回入れれば、それは単純な掛け算の問題で、さらに得る点・失う点が膨らんでいく。それでいて、フィギュアの醍醐味の1つであるステップは、非常に難しい「レベル4」を取り、かつGOEで「3」を並べたとしても、最大限やっと6点しか取れない。 だから、ボーヤン・ジンのような若い選手が出てきて、誰も跳べなかった4ルッツを安定的に決めたりすると、主観で上げ下げできる演技構成点で意味不明なアホみたいな点差をつけなければいけなくなるのだ。最近のクリケットクラブ組の2人に対する演技構成点は、ジャンプが決まってくれば、「10点、10点、10点」。昔あった「ものまね王座」決定戦というテレビ番組の、きびしい論調で真剣に歌を審査していた審査員の淡屋のり子がいなくなった後の視聴率稼ぎみたいになっている。 今回アメリカ王者のリッポン選手は、4回転こそフリーに一度で、それもアンダーローテーション判定ではあったが、なんといっても4回転ルッツをおりてはいるし、ショート、フリーとも転倒もなく、全体的に素晴らしい出来だった。それなのに開催国のナショナルを制したベテラン選手の、あの円熟した完成度の高いパフォーマンスに対して、演技構成点はあまりパッせず、フリーでは、羽生選手と6.38点差、フェルナンデス選手とは実に12.72点差。クリケットクラブをソデにした報復ですか? アメリカ母国開催とはいえ、シングルは女子のほうを優遇するからゴメンナサイ採点ですか? 日本企業のスポンサー名だらけの会場で、アメリカももっと金出せよのISUの圧力ですか? まったく。 フリーの比較 羽生 93.59/ 92.02 リッポン 93.08/85.64 話をジャンプの基礎点に戻すが、4回転の基礎点が3回転以下のジャンプと差がありすぎるうえに、GOEでマイナスやプラスがつく、それも最近は気前よくGOE「3」をつけてくるので、男子シングルはあまりにもハイリスク・ハイリターンになりすぎ、それがスリリングな逆転劇を生む要因でもあるが、同じシーズンの同じ選手の出す点数のあまりの上がり下がりの原因にもなっている。実力が拮抗しているトップ選手の差を、客観的に「細かく」見て点数化することを目標に始まったはずの新採点システムなのに、試合が終わると1位と2位に圧倒的な点差がつきすぎてしまい、それが八百長疑惑を招く温床になっている。 これは割合簡単に解決できるはずだ。トリプルアクセル以下のジャンプ、それにジャンプの種類の間についている「基礎点の差」を小さくする。具体的に言えば、トリプルアクセル以下のジャンプの基礎点を引き上げて、相対的に4回転ジャンプの価値をもう少し下げる。4回転のジャンプの基礎点を下げる必要はない。トリプルアクセル以下のジャンプの点数を上げれば、相対的に4回転ジャンプの価値は下がるからだ。GOEを細かく5段階ぐらいにするのはまったく構わないが、反映割合を下げて、あくまで基礎点重視に戻す。同じジャンプを跳んでいるのに、GOEであまり点差が出ないようにする。 3回転や2回転のジャンプを基礎点を上げれば、ハイリターンを狙って、4回転ジャンプを3度も4度も入れる必要性も下がり、もっと難度を下げて完成度重視の作戦へ変更することも容易になる。 そして、スピンやステップの基礎点をもっと引き上げる。特にステップの点数に占める割合が現行ルールでは低すぎる。スピンやステップも大事なエレメンツと言いながら、その基礎点が2点台とか3点台で、4回転ジャンプが最低でも10点台というのは、差がありすぎるのではないか。 こうしてスピンやステップでもっと点を積み上げることができるようにし、確実に跳べるジャンプで構成するプログラムへの流れを促していけば、結果として1人の選手の技術点が試合によってこれほど上下する傾向にも歯止めがかかるだろう。 高難度ジャンプがなくても「トータルパッケージ」だとか「コンプリートパッケージ」だとか、あっという間に死語になった意味不明の「こじつけ用語」で、キム・ヨナ&パトリック・チャン金メダルへのお膳立てをした「バンクーバー特製ルール2年限定バージョン」の時代に戻ってもらっては困るが、今の「同じ選手なのに、試合によって30点上下は当たり前」ルールでは、とても客観性を重んじた採点システムとは言えない。 それにしても、チャン選手のフリーの出来の悪さは信じられない。四大陸のフリーを見逃した人は、彼がどれほど優れたスケーターであるか分からないかもしれない。コケないパトリックなんて、それだけでレア…というのはジョーダン(にならないの)だが、もう彼もフィギュアスケーターとしては「おじさん」なんだから、ワールドの前に四大陸に派遣して疲れさせるのはやめてもらえないですかね。カナダのスケート連盟さん。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2016.04.03 01:26:00
[Figure Skating(2015-2016)] カテゴリの最新記事
|