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カテゴリ:手塚治虫
うしおそうじ(鷺巣富雄)と言ってもピンとこない人は多いと思う。手塚治虫原作の『マグマ大使』を実写化し、その高い特撮技術で名声を得た人物だが、今の若い世代には『新世紀エヴァンゲリオン劇場版』など庵野秀明作品の音楽担当鷺巣詩郎の父親だと言ったほうが、とおりがよいかもしれない。 うしおそうじは、実弟の鷺巣政安(アニメプロデューサー、演出家)に「自分を引っ張り出してくれたのは手塚さんだ」と語っていたという。 交際家として知られる手塚治虫だが、うしおそうじのもとにも、彼はある日突然やってくる。 うしおが務めていた東宝で労働争議が激化したことで、うしおは赤本漫画のアルバイトを始めるのだが、自分でも予想外にうしおの漫画は好評を得る。うしおが駆け出しの漫画家としてスタートしたころ、年ではうしおより下の手塚治虫はすでに上昇気流にのって、全国にその名を轟かせる売れっ子漫画家になっていた。 うしおは手塚の『ジャングル大帝』を読んで衝撃を受ける。その作者がいきなり自分を訪ねてきて驚くうしお。手塚は『漫画少年』(学童社)の編集者と一緒だった。そして、うしおの作品名を次々挙げて、「うしおさんの作品はよく読んでいます」と言って、うしおをさらに驚かせた。つまり、二人の訪問の目的は、『漫画少年』に連載をしてくれということだった。新しい漫画家を探している学童社に、うしおそうじを推薦したのが手塚だったのだ。 うしおの手塚第一印象は「明るい」ということ。そして、その声と語り口に注目している。 手塚のリズミカルな話しぶりを聞きながら、ひとつ気づいたことがあった。彼の声量と艶のある発声はあたかもオペラのバリトン歌手を思わせるのだ。 それにしても、彼のこの快活な話しぶりは彼の天性か演技か、計りかねていた。初対面のボクにまったく無防備で接するはずはないとみるのが普通だし、決して下衆の勘ぐりとは言えまい。しかし、演技にしては彼はどこまでも自然体であった。いずれにしても、彼のこの天真さは天性と育ちの良さからくるものだろう。(うしおそうじ『手塚治虫とボク』早思社より) 手塚治虫とボク [ うしおそうじ ] 手塚治虫のトーク力には定評がある。漫画家の社会的地位を高めたのも手塚の知性とユーモアあふれるトーク力によるところも大きいだろう。一時漫画の仕事が減った時も、講演などの仕事依頼が来るので、手塚治虫がヒマだったことはないとチーフアシスタントは話している。 手塚のコミュニケーション能力の高さ、その声、語り口の魅力に初対面でいちはやく気づき、こうした文章にしているうしおそうじは、のちに漫画家を廃業して制作会社を興すだけのことはあり、視点が実業家よりだ。 うしおそうじが感じた戸惑いは、手塚治虫のトークを聞いた多くの人に共通するのではないだろうか。明るく、快活明瞭で、自然体。だが、どこか本音が見えないようなところもある。本心なのか巧みなウソなのか、分からない。やさしい雰囲気の中に、ふいにドキリとするような毒が混ざる。実は、そうした「つかみどころのなさ」が多くの人が手塚治虫という「人間」に惹きつけられる理由ではないだろうか。 うしおは、同じ「漫画家」としての視点からも、手塚治虫の「神業」を記している。手塚に自主カンヅメを提案し、のちに手塚が頻繁に隠れ場所として使うことになる「ホテル・メトロ」を紹介したのもうしおだ。 <次のエントリーに続く> お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024.04.20 23:17:20
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